楽劇(オペラ)《白峯》 ―演奏会形式―   
    
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    阿弥陀経
   
   


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《白峯》の歴史的意義 
ヨーロッパ音楽が発展の一周期を終え、新しい書法を探索している現在、 日本の能楽の時間観、構造観、演奏技法などは、時代遅れどころか、 次の時代を拓いていくことのできる要素を多く持ち、新しい世界状況に適応した ひとつの書法になり得る可能性があると分かってきました。 今回《白峯》に採用した「序破急書法」は、日本の14世紀以降、能楽のなかで試みられ、 少しずつ完成してひとつの音楽書法として実証されているものなのです。 雅楽の決定主義と能の非決定主義とを音楽史のなかですでに経験してきた我々日本人にとっては、 21世紀の新しい書法とすることも不可能ではないのです。 この「序破急書法」が、日本の、または将来のヨーロッパ音楽の発展の基礎になり得るのではないかという、 一握りの希望は持っているのです。(「序破急とは」を参照。)

《白峯》とは
社会、経済、政治等の権力の周りに醸し出される人間関係は、古今東西を問わず非常に複雑で、人間感情も、 欺瞞、裏切り、策略、讒言(ざんげん)、追従、憎悪、妬み、媚び等に、誠実、愛情、正義、等が加わり、 これに武力介入があれば流血事態に連なる事もしばしばある事で、これが人間の繰り返す社会劇と、云えるのではないでしょうか。
楽劇《白峯》は、
●主人公・崇徳上皇を中心に、院政を始めた曾祖父・白河法皇
●直系を要求する院政制度に応じて自分の実子では無いと疑いながら崇徳を我が子として院政を続行する鳥羽上皇
●この鳥羽上皇を取り巻く第一夫人(待賢門院(たいけんもんいん))と第二夫人(美福門院(びふくもんいん))の対立
●鳥羽、崇徳各々を補佐する藤原忠通(ただみち)・頼長(よりなが)兄弟の摂政家の家督争い
●天皇・上皇各々を警護する政権を取り巻く武家、平清盛・源頼朝の対立
●他方、貴族社会に浸透してきた仏教諸宗派の対立と政権との癒着
●物の怪、生霊(いきりょう)、呪詛、方違(かたたがえ)等の迷信
●多数の高価な寺院建設による経済的破綻 この様な平安の貴族政権から鎌倉の武士政権に移行していく変換期に起こった政治的・歴史劇なのです。
これが更に、江戸中期に出版された『雨月物語』の著者・上田秋成によって崇徳の人格は超人的で神秘的な、 極楽往生とは正反対な、全く救いの無い闡提(せんだい)、大魔縁(だいまえん)として 力強い劇的人物に創り替えられるのです。さらに、西行法師の仏教的政治倫理と対立させる事で現世への怨みに固執する人間像を浮き上がらせています。 この様に日本の歴史の中に生き抜いた人物を現代オペラの主人公として今日の時代に生かし、将来に伝えるのも現代作曲家の一任務と考えます。

院政について 藤原氏の摂関時代につづく時代で、1086年の白河上皇からはじまり、1185年の平家滅亡までの100年、または1221年 の後鳥羽上皇の承久の乱までの135年間の、譲位した天皇である上皇あるいは法皇が、院庁において国政をつかさどる政治形態。(角川「日本史辞典」)

《白峯》の音楽構造
12場を三幕に配分し、第一幕と第三幕は夢幻能、第二幕は現在能の形式 を取り、各幕を再度「序破急」原則で構成しました。「序破急」とは、刺激の量の漸進的増加によって時間構造を確立させようと云う日本伝統的美学の原則で、之により第一幕3場、第二幕7場、第三幕2場を構成しました。序破急を視覚化すると下記のイメージになります。(「序破急とは」を参照)
                       
歌の旋律は日本語から来る四度音程の細胞音型(注)で統一、それを上昇・下降させたり、早めたり,遅くしたりして人物の性格化を図り、その前後に子守、愛情、運命、戦(いくさ)等のモチーフを付け加え、登場人物の性格、場面、心理、感情表現を強化しました。 共演するオーケストラは二管編成で、これにオンド・マルトノ2台を加え音量.音色の刷新を図りました。合唱は60人前後をして時に応じて四部、六部、八部に別れます。電気的反響を一幕の終わりと三幕の始めに使用し幻想的,非現実的な雰囲気をこの世の人間からあの世の人間に変化する崇徳院に使用してみました。
(注)細胞音型とは
平均律の音を使用して作られた〈単位構造体〉のことで、構造の最小単位です。能のようにリズム細胞と旋律細胞に区分されることなく、ある種の「音型」を形づくっています。しかし、「音型」といっても古典音楽の主題とは異なり、発展・展開に使用されたり、途中で半分に切られたり、逆行させられたり、拡大・縮小されたりすることはありません。これらの細胞は反復、並列、累積を通し他の細胞と相互作用して、その都度、 新しい音の変容の世界を作り出すわけです。

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あらすじ
第一幕は、四国讃岐に流され、孤独、苦悩の四十五歳の生涯を終えた崇徳上皇の怨みは深く、その亡霊は樵に輪廻し、 都より供養に来た西行にその怨みを淡々と語る。
第二幕は、史実を元に自由に再創造した幕で、日本で最も残酷であった保元の乱、崇徳側の敗北と破滅のエピソードが歌われ、演じられます。
第三幕では、再び現れた崇徳の霊は女院(美福門院)、後白河側の対処が如何に非人道的で、天の道に反するかを西行に訴え。 そして救いのない大魔縁となって復讐を繰り返す闡提(せんだい)の道を選んだことを伝え、大炎閃光に包まれた崇徳の本当の姿を見せる。 楽劇は阿弥陀経ではじまり、阿弥陀経でおわる。
                
      
台本の詳細は早川書房 雑誌『悲劇喜劇』2011年2月号No.724に掲載
                                                            
第一幕(一場〜三場)白峰山の崇徳上皇の荒れ果てた御陵の前
保元の乱の張本人として四国讃岐に流され、45才で孤独な苦悩の生涯を終わった崇徳上皇の墓前で西行法師は読経(阿弥陀経)している。

如是我聞(にょうぜがんもん)       一時佛在(いっしぶつざい)   舎衛国(しゃーえこく)
祇樹給孤独園(ぎーじゅきっこどくおん) 与大比丘衆(よだいびくしゅう) 千二百五十人倶(せんにひゃくごじゅうにんく)
 阿弥陀経

と、何処かから読経に和して、樵(きこり)(実は上皇の転生の姿)が歌いながら現れ、供養の礼を言い、西行の問いに答え、上皇の生涯について淡々と語り始める。
75代崇徳帝顕仁(あきひと)は、鳥羽上皇の第一皇子として生まれ、5才で皇位に就き曾祖父白河法皇の院政を、法皇崩御の後は鳥羽上皇の院政を受く。
しかし1141年、鳥羽上皇は突然、崇徳帝を御位より降ろされ、寵愛の美福門院の皇子・体仁(なりひと)親王をわずか2才で皇位(のちの近衛天皇)に就けられる。
不幸にも近衛帝が16才で若くして亡くなられ、これを深く嘆かれた鳥羽上皇も次第に弱られ翌年崩御される。
女院の方々はこれ等の死が崇徳院の呪詛によると信じ、怨み深まり崇徳院の上皇継承を阻止する為、その第一皇子・重仁(しげひと)親王の即位を阻止し、崇徳院の弟・雅仁(まさひと)親王を皇位(のちの後白河天皇)に就けられる。
事ここに至っては力を持って闘う他なかった。
不運にも保元の乱に敗れ崇徳院は讃岐に流され、ここで上皇は孤独と苦悩の数年を味わう。
そこで上皇は指の先を切り、流れる血で大乗教の五部を3年がかりで写経し、帰京の願いを歌に詠み、京の都に送られた。しかし女院の方々の怨みは深く、この写経をも禍々(まがまが)しい物と信じ送り返された。
上皇は絶望し、大魔縁となり、悪には悪をもって抗すのみと、誓いを立てられ写経を海底深く沈められた。 「それでは西行、今、汝に我が生涯の因業の深さを見せよう」と、第二幕を暗示して消えていく。

第二幕(第四場〜第十場)
「宮廷の場」
16才の鳥羽帝と18才の待賢門院(たいけんもんいん)の入内式(じゅだいしき)。最後の舞楽・青海波(せいかいは)が舞台奥で舞われている。

(越天楽 今様)  春の弥生の曙に四方の山辺を見渡せば 花盛りかも 白雲のかからぬ峰こそなかりけれ

この宴席で白河法皇は頼長に、鳥羽帝に生まれるであろう皇子の関白を授けようと、謎の様な事を云う。越天楽(えてんらく)今様で宴席は終わり、鳥羽帝は夜の神事で還御(かんぎょ)するが待賢門院は御伽(おとぎ)を命じられる。
「白河院寝所の前庭」
白河法皇の寝所の前で月を眺め虫の音に耳を傾けている。衣桁(いこう)に二人の抱擁、崩れ落ちる姿が影絵の様に映し出される。それから十年後、法皇は76才で崩御され、鳥羽院は替わって院政を司り崇徳帝を補佐する。
「鳥羽院の宮廷の場」
二人の乳母が体仁(なりひと)親王(のちの近衛天皇)の揺りかごを挟んで子守唄を歌って寝かせている。御母、美福門院(びふくもんいん)が登場し、揺りかごを覗き、必ず親王を皇位に就ける事を心に誓う。 政務を摂っていた鳥羽院は皇家の衰退、武家の躍進を予言する「夢の歌」をうたい、美福門院も此のところ現れる不吉な流れ星は崇徳院の政事に因るのではないかと、続ける。鳥羽院は崇徳帝を廃位し、2才の誕生日を期して体仁親王を皇位に就け、同時に皇位継承権から外す ため崇徳院の弟・雅仁(まさひと)親王(のちの後白河天皇)を鳥羽院の後継とすることを決める。

コーラス 
哀れやげに 人間の欲。哀れやげに 人間の業。権欲、財欲、情慾、欺瞞、高慢、煩悩の虜となり怨み、陰謀、殺戮止まることなし。哀れやげに 人間の業、 今世の悪 未来の悪を生むこと明かなり。因果応報 この世の常ならん。

「鳥羽院、崇徳院対決の場」
鳥羽院は初めて「崇徳は、曾祖父白河帝と待賢門院の不義の子でわが実子ではない」と、口にする。 驚いている三人の前に美福門院が手紙を持って急ぎ足で現れ「ここにおらる関白頼長様の頼みで阿闍梨(あ じゃり)・勝尊なる者、体仁親王を呪詛した事を白状した」と、云う。「これで頼長の謀反は明らか。 流罪にするから、それまで閉門」と、決めつけ鳥羽院らは奥へ入ってしまう。 残された三人は事ここに至って、戦(いくさ)は避けられないと決意する。 保元の乱は鳥羽上皇の崩御の1156年、その後継問題が原因で起こる。





「崇徳院側敗戦の場」
武士が駆け来たって頼長の戦死を告げる。第二の武士、御所の炎上を告げ、崇徳院は負け戦を知る。

「罪状判決の場」
女人の方々の恨みは深く、その課した罰も重く、死罪、流罪、連累(れんるい)の死罪、所領没収、親子兄弟、妻子四散、死別する者数百におよぶ。
(鳥羽院、崇徳院の肖像は毎日新聞社、皇室の至宝より)





コーラス 
哀れやげに 人間の業。悲しげやげに人間の憎しみ。かくして子は泣く泣く親を切り、弟 兄に切られ、友は友を誅し、親子兄弟、 妻子四散、いと哀れなり。

第三幕(第十一場〜第十二場)崇徳院の御陵の前(第一幕と同じ)
崇徳院の霊が再度現れ「吾は不義により命を成し虚栄、淫乱、陰謀の中に育ち、怨み、孤独の中に死す。 この世への憎しみが忘れられず死後も祟(たたり)りをなす。此のところ繰り返す災害、殺戮(さつりく)も吾のなす祟りがなす業だ」。
これに対し西行は「汚れたこの世への執着を断たれ、仏果の世界に昇らせたまえ」と、諌(いさ)めるが崇徳院は、 女人の方々の人道に反した仕打ちを深く怨み、西行が、仏教を選び心の安泰を願ったのに対し、 「吾はこの世に留まり悪には悪もて、力には力もて対する闡提(せんだい)の道を選んだ因果なるぞ」と、上田秋成は『雨月物語』のなかで 武士階級の持つ江戸時代の力の倫理で崇徳院の性格を書き換えています。

エピローグ
岩に伏せて眠っていた西行は「何という恐ろしい悪夢を見た事か」と、立ち上がり「願わくば御仏の慈悲にて崇徳院のこの世への執念を断たれ、仏果の世界に導きたまえ」と、読経を再開する。コーラスがこれに加わり楽劇《白峯》は終幕となる。

釈迦牟尼佛(しゃーかむにぶつ)    能為甚難(のういじんなん)   希有之事(けう しじ) 
能於娑婆国土 (のうお しゃばこくど) 五濁悪世(ごーじょく あくせ)  煩悩濁(ぼんのうじょく) 
却濁(こうじょく) 見濁 (けんじょく)    命濁 (みょうじょく)        衆生濁中(しゅうじょうじょくちゅう)

(梵訳)
世尊・しゃか族の聖者・しゃか族の大王は、いともなし難いことをなしとげた。現実の世界において、(この上ない正しい覚りを覚り得て、)煩悩の濁り、  時代の濁り、偏見の濁り、命の濁り、生けるものの濁りの中にいながら、(一切の世間の人々が信じ難い法を説かれた。)

                            


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あらすじ - 英訳 -

SHIRAMINE

A Musical Drama in three acts and twelve scenes

Original score and script by Akira TAMBA

Synopsis and Cast of Characters

Synopsis (abbreviated version by Vivian Nobes)


Act I. − Sutoku’s Desolate Burial Mound
Set somewhere deep in the forest of the Shiramine mountains, the monk Saigyo is praying before the abandoned tomb of the Emperor Sutoku. A woodcutter appears and begins to tell of Sutoku’s unhappy life, he is none other than the spirit of Emperor Sutoku.

Act II. − Flashback of Sutoku’s life
Among much festivity and merry-making, Taikenmon-in Akiko, who would later give birth to Sutoku, is consecrated Empress Consort to Emperor Toba, however it is clear there is a romantic relation between her and Toba’s father, the retired Emperor Shirakawa.

The scene progresses to ten years later. Sutoku, the son born to Taikenmon-in Akiko and Toba is now Emperor. Toba, however, is beginning to doubt that Sutoku is truly his son, and, together with his much-loved second consort Bifukumon-in, plans to depose Sutoku.

There follows a bloody battle of succession which tears the country apart. Sutoku and his followers are utterly defeated. They are condemned to death or exile.

Act III. − Sutoku’s Desolate Burial Mound We return to the forest scene of Act I. Saigyo exhorts Sutoku to renounce his vindictive hatred of this world, but as he prays the spirit of Sutoku turns into a fearful demon promising to bring disaster and unhappiness to this world forever more.

It is morning, Saigyo awakes as if from a dream. Was it real? Did he save Sutoku’s soul?

Synopsis (full version by Akira Tamba)

Act I., Scene 1. Prologue: The mountain forests of Shiramine in Sanuki Province, at the foot of the ruins of exiled Emperor Sutoku’s mausoleum.

Saigyo, a venerable monk, recites the Amida Sutra for the salvation of souls in front of the Emperor’s tomb. Saigyo knew Emperor Sutoku and his family well as he was an Imperial Guard before taking the tonsure in his quest for peace of soul.

Act I., Scene 2. The same ? at the foot of the tomb.

While Saigyo continues to recite the sutra, a Woodcutter enters from stage-rear; he too joins in and recites the sutra. The Woodcutter is in fact the spirit of Emperor Sutoku. At Saigyo’s request the Woodcutter tells of Sutoku’s life.

Born in 1119, Sutoku was the first son of Emperor Toba and Empress Taikenmon-in Akiko. His great-grandfather, the pious Retired-Emperor Shirakawa, loved Sutoku dearly and installed him on the imperial throne when he was five years old. Thus Sutoku, in replacing his father Toba on the throne, became the 75th Emperor. However, on the death of Shirakawa, Toba, who had actually been governing the country, dethroned Sutoku in favour of two-year old Konoe, Toba’s son by his second consort Bifukumon-in. Unfortunately Konoe died when he was just sixteen years-old; allegedly his death was the result of an evil spell cast by Sutoku. Retired-Emperor Toba then removed Prince Shigehito, Sutoku’s son, from the line of succession in favour of Masahito, Sutoku’s younger brother, thus ensuring that Sutoku lost all right to imperial succession. Following the death of Toba in the first year of the Hogen era, a bitter struggle for succession broke out between the clan of Empress Bifukumon-in and that of Sutoku. This was the Hogen Civil War ending with Sutoku’s defeat and exile to the Island of Naoshima in Sanuki Province.

It was in Naoshima that Sutoku undertook to copy, in his own blood, the five sutras of the Greater Vehicle in order to gain salvation for the soldiers who had given their lives for him during the war. It took him three years to complete this task. Sutoku then sent the sutras and a series of poems to the Imperial Capital in the ardent hope that those who had died for him would be able to attain buddha-hood. However, the women of the Palace, fearing a malediction, refused the sutras and sent them back to Shiramine. In despair, Sutoku hurled the sutras into the sea where they turned into Ashuras, warlike demons, bringing living hell into the world. Sutoku swore before all the divinities that he would seek revenge. After nine years of terrible suffering he died. It was rumoured that his hatred was so deep that the smoke emanating from his cremation stretched out in long, terrifying wreaths towards the capital.

Such was the Woodcutter’s story.

Act 1., Scene 3. The same ? at the foot of the tomb.

Saigyo wonders how the Woodcutter knew of the life of Sutoku in such detail. The Woodcutter replies that he is in fact the spirit of Sutoku. So saying he transforms into a horrifying demon crying out that it is totally vain and foolish to attempt to turn him to Buddha-hood by virtue of sutras. He will show his abominable life as it really was, show his true nature, and on this he disappears.

Act II., Scene 1. The palace: consecration ceremony of Taikenmon-in as Emperor Toba’s Empress Consort. A formal court dance is just coming to a close at stage-rear.

Eighteen-year old Taikenmon-in, Shirakawa’s beloved adopted daughter, is consecrated Empress Consort to the sixteen-year old Emperor Toba. In order to enter monastic orders Shirakawa, the 72nd Emperor, had abdicated in favour of his eldest son Emperor Horikawa. However, Horikawa died when he was twenty-eight years-old and it was Toba, Horikawa’s eldest son and Shirakawa’s grandson who then acceded the throne and reigned. Governing in young Toba’s stead, Shirakawa instituted the system of rule by retired or cloistered emperor.

The banquet and evening festivities. Shirakawa is with Yorinaga Fujiwara, a younger brother of the First Minister Tadamichi. Shirakawa values Yorinaga for his intelligence and perspicacity and enigmatically promises that he will become kampaku or Grand Chancellor to the future emperor yet to be born.

Enter Toba and the Empress Consort. Fragrant sake is served and the banquet begins. Singing and dancing to popular airs. Presently, Emperor Toba who must perform the nocturnal religious rites leaves the banquet while Retired-Emperor Shirakawa retires with Taikenmon-in to his private apartments.

Act II., Scene 2. Overlooking the garden in front of Shirakawa’s private apartments.

Shirakawa and Taikenmon-in listen to the chirping of night insects and admire the moonlight. They recite poetry together and Shirakawa takes the young girl by the hand and draws her inside. Their enlaced figures can be seen in silhouette behind the screen windows.

Act II., Scene 3. Emperor Toba’s palace.

Ten years later. Since the death of Shirakawa, Toba has been acting as regent for the young Sutoku. Nevertheless Toba is still racked by deep bitterness and misery at having been forced by Shirakawa to relinquish the throne in favour of Sutoku. Then, in the fifth year of the Hoen era (1141), Toba’s second consort Bifukumon-in has given birth to a son, Konoe Narihito. Toba pours all his affection on this little prince. Moreover, Toba, who no longer believes Sutoku to be his true son, decides to depose Sutoku in favour of Konoe, but as Konoe is not even two years-old Toba will continue to govern the empire. The ensuing quarrel of succession was the beginning of the Hogen Troubles.

Inside the palace. Two nursemaids watch over the young Prince Konoe Narihito in his cradle. They become bored and noisily play ‘jan ken pon’, paper, scissors, stone (a finger game representing paper, scissors, stone according to the luck of the game). Bifukumon-in enters angrily dismissing the unruly nursemaids. She goes to the cradle and lovingly sings a lullaby to her baby, promising him all will be well as she will make certain he will become emperor. Stage centre-rear, Retired-Emperor Toba seems absorbed and preoccupied by some affair of state. In fact for several nights now he has been prey to a terrible nightmare where the people of the palace are swept away by a terrible whirl of towering waves. He watches helplessly while the courtiers are drowned, as on reaching out to save them, he can only clutch at emptiness. Then huge black spots appear in the sky, they grow bigger and bear down upon him. The vision becomes clearer and he can see a cohort of heavily-armed riders come to attack him. A song begins, expressing this evil vision. The Empress too talks of bad omens, like the shooting stars she has seen recently, and wonders if this isn’t an image reflecting on Sutoku’s reign. She expresses her ardent desire that Narihito be made emperor so the world can again be at peace.

(However, by ill fortune, at the age of sixteen the young Emperor will fall sick and die. His mother will attribute this untimely death to evil spells cast by Sutoku and her hatred will enflame the war between the two imperial clans.) .

Act II., Scene 4. Audience chamber of the same palace.

Sutoku who has just learned of his destitution arrives at the palace with the Minister of the Left Yorinaga. Yorinaga presses Toba to know what wrong they had done for power to have been taken away from them. Taikenmon-in, first consort of Toba and mother of Sutoku defends Sutoku’s right to reign arguing that Narihito is only the son of a second consort. Toba who had remained silent till then, declares that Sutoku is not his son but is in fact his uncle, being the adulterous fruit of Shirakawa and his own consort Taikenmon-in.

Taikenmon-in is about to protest when Bifukumon-in enters with an urgent despatch from the Minister of Defense declaring that the monk Shoson has confessed to casting an evil spell on Narihito at Yorinaga’s behest. At this news Toba accuses Yorinaga of treason ordering his banishment. In the meantime, pending the decision of the Council of Nobles, Yorinaga is to be confined to his residence. Toba, Bifukumon-in and Minister Tadamichi who was also present quickly exit. Sutoku, Taikenmon-in and Yorinaga are left on stage stunned with surprise and overwhelmed by the knowledge that war is now inevitable.

Act II., Scene 5. The battlefield.

The accession of Konoe-in had provoked an ever-increasing rivalry between Sutoku and Toba. Sutoku had still hoped to rule, either by regaining his throne or as retired-emperor if his son Shigehito became emperor. However, Toba chose to leave the empire to his fourth son and Sutoku’s younger brother, Prince Masahito (later known as emperor Goshirakawa), thereby utterly eliminating Sutoku and his descendants from power. At Toba’s death (1156, first year of Hogen) a war of succession setting Bifukumon-in and Emperor Goshirakawa against Sutoku broke out. The women of the Empress’ clan attack immediately and set fire to Sutoku’s palace as a fratricidal war explodes pitting parents and children, older and younger brothers, uncles and nephews against each other in merciless fighting.

The battle scene is expressed by ballet; horsemen and soldiers shoot arrows and fight with lance and sword. Surrounded, Sutoku is forced to surrender before reinforcements can arrive from Nara.

Act II., Scene 6. Battlefield, defeat of Sutoku.

A first soldier runs in to Sutoku with the news of Yorinaga’s death. A second soldier runs in with the news that the palace is on fire. Sutoku recognizes his defeat and orders the two soldiers to leave as quickly as possible and to save themselves. Sutoku tells them that these are his last commands and to pass these orders on to all his supporters. As for himself, he will take the tonsure and retire to the Ninna-ji temple.

Act II., Scene 7. Judgement of Sutoku and the annihilation of his clan.

Empress Bifukumon-in calls for a punishment equal to her hatred of Sutoku, for, as she alleges, he had caused the deaths through sorcery of her beloved child Konoe and his father the Emperor Toba. She obtains that Sutoku be exiled to the Island of Naoshima in Sanuki; that Taikenmon-in be confined to a convent in Sagano; that Shigehito, Sutoku’s eldest son, renounce the world and enter monastic orders; that Minamoto Tameyoshi and all his young children be sentenced to death; and that all the children of Yorinaga who was himself killed in battle, be sentenced to exile. Hundreds and hundreds of estates are to be confiscated and the families scattered. During these dramatic events of epic proportions, having fought on opposite sides, fathers are executed by their sons, sons by fathers, uncles by nephews, nephews by uncles, friend by friend.

Act III., Scene 1. As in Act I. ? at the foot of the tomb of Emperor Sutoku.

The spirit of Sutoku reappears to Saigyo. The vindictive hatred this lowly world instilled in Sutoku is so strong that it survives even after his death and has turned him into an evil demon. Thus he admits that all the subsequent cruel deaths and catastrophes are his doing.

The monk Saigyo continues to pray fervently and exhorts Sutoku to sever his ties with the corrupt and defiled world of humankind and ascend as quickly as possible to the paradise of Buddha. Sutoku replies, however, that though Saigyo has chosen the way of Buddha, he, Sutoku, has chosen the opposite way, the way that takes him far from Buddha, far from salvation and redemption; he will stay on this earth forever and eternally condemned to return to it he will answer evil with evil, hatred with hatred, and force with force. That is his chosen path.

Having said this, Sutoku turns into a fearful demon.

Act III., Scene 2. Epilogue. At the foot of the tomb.

Saigyo who had fallen asleep with exhaustion, his face against a rock, wakes up exclaiming at his terrible nightmare. He fervently prays for the liberation of his Higness Sutoku, who though once served by ten thousand horsemen is now emprisoned in his former life by his deep hatred; he prays that Sutoku may cease to engender misfortune, horror, hatred, betrayal and war; he prays that Buddha in his infinite mercy may lead Sutoku to paradise..... but did he succeed?

(English translation: Vivian Nobes)


List of Characters

Characters (abbreviated version by Vivian Nobes)

SAIGYO (1118-1190); baritone; in his sixties: A renowned poet and Buddhist priest, a former Imperial Palace Guard close to Sutoku.
SUTOKU Akihito (1119-1164); tenor: 75th Emperor of Japan, the lead character of this drama.
SHIRAKAWA Tadahito (1053-1129); bass baritone; in his late sixties: 72nd Emperor of Japan, father of Toba and presumed grandfather of Sutoku.
FUJIWARA NO YORINAGA (1120-1156); tenor; in his early thirties: Minister and staunch friend of Emperor Sutoku, younger brother of Tadamichi by a different mother.
TOBA Munehito (1103-1156); upper baritone or tenor: 74th Emperor of Japan, presumed father of Sutoku.
TAIKENMON-IN Akiko (1101-1145); soprano: Empress Consort of Toba, adopted daughter of Shirakawa, mother of Sutoku.
BIFUKUMON-IN Tokuko (1117-1160); soprano; in her early thirties: Much-beloved second consort of Emperor Toba, mother of the infant Konoe Narihito.
FUJIWARA NO TADAMICHI (1097-1164); baritone; in his late forties: Grand Chancellor and ally of Emperor Toba, elder brother of Yorinaga by a different mother.
GOSHIRAKAWA Masahito (1127-1192); baritone; in his thirties: 77th Emperor of Japan.
Imperial Chamberlain to both Shirakawa and Toba; baritone; in his late fifties.
Two nursemaids to the infant Emperor Konoe Narihito; alto and soprano; comic interlude.
Two soldiers of the Sutoku faction; baritone and tenor.
Chorus.br>

Characters (full version by Akira Tamba)

SAIGYO (1118-1190); baritone; in his sixties: A renowned poet and Buddhist priest, formerly an Imperial Palace Guard. Having left his family and renounced the world to become a Buddhist monk, Saigyo travels to Sutoku’s tomb in search of answers to his many questions.

SUTOKU Akihito (1119-1164); tenor: 75th Emperor of Japan. In Act I he appears first as a lowly woodcutter, then as the spirit of Emperor Sutoku. In Act II he appears as the young deposed Emperor and in Act III again as Sutoku’s spirit. Sutoku is the main character of this musical drama.
Sutoku ascended the throne when he was five years-old and was deposed by Toba at the age of twenty six. Toba further ensured the end of Sutoku’s line by excluding Sutoku’s son Shigehito from the line of succession. This move prevented Sutoku from regaining power as retired-emperor, as, under the established practice of the time, it was the father as retired-emperor who actually governed in the stead of a young emperor. Thus on the death of Senior Retired-Emperor Shirakawa, it was Retired-Emperor Toba who, despite knowing that Sutoku was not his real son, governed in place of the young Emperor Sutoku. It was widely believed at the time that the imperial succession would go to Sutoku and his descendants. However, on the birth of a son to his much-beloved second consort Bifukumon-in, Retired-Emperor Toba forced Sutoku to relinquish the throne so that this son, Prince Narihito, could become emperor. Then on the premature death of Narihito, Toba acceded to Bifukumon-in’s wishes and installed Prince Masahito, his fourth son and another of Sutoku’s younger half-brothers, as emperor. This move effectively ousted Sutoku and his descendants from the imperial succession. Sutoku’s clan rebelled, resulting in the Hogen Civil War in which Sutoku was utterly defeated. Those loyal to Sutoku were sentenced to death or exile and Sutoku himself was banished to the Island of Naoshima in Sanuki province ( present-day Shikoku ). At 45 years old, Sutoku died in exile, alone and abandoned, consumed with hatred. His tomb lies in Shiramine, the setting for this story.

SHIRAKAWA Tadahito (1053-1129); bass baritone; in his late sixties: 72nd Emperor of Japan. In 1086 Emperor Shirakawa abdicated in favour of his son Horikawa and took the tonsure. However, Horikawa died when he was just 28 years-old and his eldest son, the four year-old Toba, became emperor. Despite having abdicated and having entered monastic orders, it was Shirakawa who actually governed in Toba’s stead, thus instituting the practice of rule by retired or cloistered emperor. Shirakawa’s adopted daughter, Taikenmon-in Akiko, became Toba’s Empress Consort. However, when the young Emperor Toba was 20 years-old, Shirakawa had him removed from the throne in favour of Sutoku. According to one version, which this story follows, Sutoku was Shirakawa’s own son with Taikenmon-in Akiko conceived when Shirakawa was 66 years-old. According to another version, Sutoku was the son of Saigyo and Taikenmon-in.

FUJIWARA NO YORINAGA (1120-1156); tenor; in his early thirties: Member of the powerful Fujiwara family, he was Minister of the Left (East) to Emperor Sutoku whilst his elder brother Tadamichi served as Grand Chancellor to Retired-Emperor Toba. The rivalry between the two brothers was a contributing factor in the outbreak of the Hogen Civil War. Yorinaga, serious, versed in the sciences and highly intelligent, far surpassed his elder brother. According to the Tale of the Hogen Civil War, Yorinaga was hit by an arrow during the battle and died several days later of his wounds. Here, he has a more dramatic death; dying on the battlefield itself.

TOBA Munehito (1103-1156); upper baritone or tenor: 74th Emperor of Japan. Toba ascended the throne when he was four years-old on the death of his father Emperor Horikawa. At sixteen, he married eighteen-year-old Taikenmon-in Akiko. Emperor Toba was succeeded by Sutoku, ostensibly his first son with Taikenmon-in Akiko, but of whom in fact he was not the real father. As retired-emperor, Toba later dethroned Sutoku in favour of Konoe Narihito, his son with his beloved second consort Bifukumon-in Tokuko. This was another factor leading to the outbreak of the Hogen Civil War. Toba was an accomplished gagaku flautist

TAIKENMON-IN Akiko (1101-1145); soprano: Adopted daughter of Emperor Shirakawa, at eighteen years-old she became Toba’s Empress Consort. Historically she was the mother of both Sutoku and the future Emperor Goshirakawa and in actual fact had died well before the outbreak of the Hogen Civil War. Here, however, for heightened dramatic effect, she is still alive and sides with Sutoku against Bifukumon-in.

BIFUKUMON-IN Tokuko (1117-1160); soprano; in her early thirties: Much-beloved second consort of Emperor Toba. Their two-year old son, Konoe Narihito (1139-1155), became the 76th Emperor when Toba dethroned Sutoku. However, Konoe died prematurely at just sixteen years-old and just a year before his father’s own death. Believing Sutoku to have caused the death of her son through sorcery, Bifukumon-in was filled with an intense hatred for Sutoku and did everything in her power to remove him and his descendants from the imperial succession. To this end, she obtained from the dying Toba that he name his fourth son Masahito as emperor instead of Shigehito, Sutoku’s eldest son. This was the final spark that ignited the Hogen Civil War of 1156.

However, it would not be fair to attribute sole responsibility for these troubles to Bifukumon-in. Blinded by an overwhelming maternal love, she merely exploited an arbitrary system of imperial succession and the ambitions of powerful families for her son’s benefit. Behind the brilliant facade of the Heian court, a hidden side of society can be glimpsed, where thirst for power, deep hatred and desire for revenge bred a climate of betrayal and assassination.

FUJIWARA NO TADAMICHI (1097-1164); baritone; in his late forties: Grand Chancellor of Emperor Toba and elder brother of Yorinaga by a different mother. In conflict with his younger brother ever since their father, Fujiwara no Tadazane, preferring Yorinaga, had conferred the right of lineage to the latter. They also vied for political power, so when Yorinaga gave his eight-year old adopted daughter Tashi in marriage to the young nine-year old emperor Konoe, Tadamichi immediately followed suit by giving his own adopted daughter in marriage to Konoe too. The rivalry between the two brothers was yet another contributing factor in the outbreak of the Hogen Civil War. Tadamichi was an accomplished calligrapher.

GOSHIRAKAWA Masahito (1127-1192); baritone; in his thirties: 77th Emperor of Japan. Here, he only appears in the judgment scene (Act II., scene VII.). Ascending the throne during a period of great turmoil, Goshirakawa, a veteran politician, fought the emerging warrior class from his retreat and assured rule by cloistered emperor for five generations of retired-emperor to come.

Imperial Chamberlain to both Shirakawa and Toba; baritone; in his late fifties; played by the same actor.

Two nursemaids to the infant Emperor Konoe Narihito; alto and soprano; comic interlude.

Two soldiers of the Sutoku faction; baritone and tenor.

Chorus.

(English translation : Vivian Nobes)

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台本の連載  第1回  (2014年5月27日)

これから4回にわたって『白峯』の台本を連載いたします。
まず第1回は登場人物の紹介とプロローグです。
丹波先生が作られた『白峯』の跡を追って勉強していますが、つくづくこの作品は日本の知性の最高の人たちの結晶だな、との思いを強くしています。
「雨月物語」では上田秋成さんの深い教養とドラマ的な物語の展開、それに自由な精神に驚嘆しました。
「保元物語」では武士道に通ずるものが読み取れます。現代の日本人の美徳になっている親子、兄弟の情愛の深さを感じました。 作者は未詳のようですが、日本を代表する第一級の知性であることは間違いありません。
「愚管抄」はまだ読み始めたばかりですが、ふるさと奈良の三輪、桜井のあたりが子どもの頃、磯城郡と呼ばれたころの地名がでてきて、 改めてかの地で展開された歴史を想像しながら読み進めているところです。ちなみに「愚管抄」の著者慈円はオペラに登場する 関白・藤原忠通の子だということもはじめて知りました。
そして何よりも音楽的には世阿弥さんの「序破急」が基本になっています。このような日本の最高の知性と芸術を丹波明という知性によって ヨーロッパ音楽の伝統と融合されている、ということだと思います。そうしたことをこころの片隅において台本を読み進めていただければ幸甚です。 (大西)


楽劇《白峯》三幕12場  台本・音楽  丹波 明     

台 本


「雨月物語」、「保元物語」、「愚管抄」等を主柱とし、音楽を作曲しなが ら少しずつ書き上げた。様式は、現代語を擬古文風に書き直し、史実は 序破急原則を取り入れるため色々な場面に組み直した。例えば、乳母の 子守唄と石拳の歌、鳥羽の夢の歌、罪状宣言の場、保元の乱の場、崇徳 敗戦の場等は自由に創作した。全体の構造は第一幕3場、第二幕7場、 第三幕2場とし休憩は第二幕4場の後に入れたが、これを省き通して演 奏出来る様にも構成した。

音 楽


オーケストラは二管編成でこれにオンド・マルトノを2台編入し、音量、音色の刷新を計った。合唱は56人前後とし、時に応じ四部、六部、 八部に分れる。第一幕の終わり、第三幕のはじめに崇徳の声が電気的反響を通しスピーカーから出る様にし幻想的、非現実的な感じを出し、 この世の人間、あの世の人間の差を表現した。

舞 踏


バレエでも、狂言、歌舞伎の立ち回りでもよいが騎馬、弓、槍、剣等の型を様式化し、象徴的な舞台表現が望ましい。


登場人物

西行 (1118−90)御所警護の武士であったが感ずることあって世を捨て出家した為、崇徳の陵詣りは感慨深いものがあった。僧侶で優れた歌人、バリトン。
崇徳
 七十五代の天皇(1119−64  名は顕仁あきひと)。はじめ樵の姿で、次に崇徳の亡霊の姿で、第二幕では天皇の姿で、第三幕では再び崇徳の亡霊として現れる。 この楽劇の主人公。保元の乱時、37歳。 5才にて天皇の位に就き26才の時天皇の位より下ろされる。実子、重仁しげひと親王の皇位相続を鳥羽院方に阻止され上皇継承権も失う。 当時上皇は実の父親が幼い天皇を補佐するために行われた習慣で、鳥羽院 も白河法皇在世中は崇徳が自分の子でないことを知りながらも実子として認め、上皇権を確保していたと思われる。 しかし、最愛の美福門院に体仁なるひと親王が誕生したからには体仁を皇位に就け上皇権の実質化を計り、又、 美福門院の願いを入れ鳥羽院の第四子雅仁まさひとを天皇の位に就けることによって崇徳院の上皇継承を阻止した。 崇徳側は万事窮し、保元の乱を起こすが敗戦、頼長は戦死、崇徳院は讃岐直嶋に流され45才で孤独、怨みの中に死去。陵は四国白峰にある。 楽劇の題名はこの場所の名によっている。テノール。
白河
 七十二代の天皇(1053−1129  名は貞仁さだひと)。1086年、実子善仁 たるひと(堀河天皇) に位を譲り法体ほったいとなるが堀河28才で死去した為、その第一皇子宗仁むねひと(鳥羽天皇) を4才で位に就け政治を補佐したのが院政の始まりとなる。養女、待賢門院璋子たいけんもんいん しょうしを鳥羽天皇の中宮(第一夫人)となし、 その第一皇子顕仁あきひとを皇位に就けるため鳥羽天皇(20才)を位より下ろす。崇徳は白河院66才の時璋子との間に出来た皇子、とする説を採る。バリトン。
頼長
  (1120−1156  姓は藤原)。左大臣として崇徳天皇を補佐し、兄忠通ただみちが補佐する鳥羽院側と対立、 兄弟の家督相続争いも保元の乱の一因となった。学問に秀で、性格も厳格で、知略にも兄忠通をしのいだ。「保元物語」では合戦で流れ矢に当たり数日後死んだ事になっているが、 この楽劇では戦死した事にしている。保元の乱時、36歳。テノール。 
鳥羽
 七十四代の天皇(1103−1156  名は宗仁むねひと)。父堀河天皇の早世により4才で天皇の位に就く。 16才で待賢門院璋子しょうし(18才)と結婚。崇徳、後白河の父。第二夫人美福門院得子なりことの間に出来た体仁なるひと 親王を愛し、崇徳を廃位し2才の体仁親王を天皇の位に就け(近衛)、保元の乱の原因を作る。音楽に優れ笛の名手であった。ハイ・バリトン又はテノール。
待賢門院
 (1101−1145  名は璋子しょうし)。白河法皇の養女となり18才で鳥羽帝の第一夫人となり、崇徳、後白河の母。 史実では保元の乱の前に死去しているが、この楽劇では保元の乱で崇徳側につき美福門院と対立したことにし劇的効果を高めた。ソプラノ。
美福門院
 (1117−1160  名は得子なりこ)。鳥羽院の第二夫人として寵愛を受け、体仁なるひと親王をもうけるが16才で早世、 翌年、鳥羽院も死去。これらの死去を崇徳側の呪詛じゅそによるものとし、深く怨み憎んだ。鳥羽院崩御に際し遺勅いちょくと称し 鳥羽院の第四皇子雅仁まさひと(のちの後白河)を天皇に就けることで、崇徳の第一皇子重仁しげひとの皇位継承を阻み崇徳の上皇継承をも 同時に阻止した。これが1156年の保元の乱の原因となる。しかし、これは当時の政治体系、家督体系に問題があるので美福門院に罪をきせるのは当を得たものとは言えないだろう。 それは、むしろ母親の盲目的な愛情であったと解釈すべきだろう。平安時代の華やかな王朝文化の陰には陰謀、殺戮さつりく、憎しみ、怨みが多くあったことも分かる。 保元の乱時、39歳。ソプラノ。
忠通
 (1097−1164  姓は藤原)。崇徳院側の左大臣頼長よりながの異母兄で鳥羽院側の関白として弟と対立。 この兄弟の父藤原忠実ただざねは次男頼長を愛し家督を継がせたので兄弟争い、保元の乱の一因ともなる。頼長が養女多子まさるこ(8才)を 9才の近衛天皇の皇后としたので、忠通もその養女呈子しめこを中宮に入れる。この史実は当時の政治体系、家督相続を理解する一因となるだろう。忠通は能書家として有名。保元の乱時、59歳。バリトン。
侍従
  白河、鳥羽院の侍従でこの楽劇では一人でもよい。バリトン。
乳母二人
  体仁親王(近衛天皇)の乳母。アルト又はソプラノ。
武士二人
  崇徳院側の武士。バリトン、テノール。
後白河
 七十七代の天皇(1127−1192  名は雅仁 まさひと)。 この楽劇では第二幕第7場の罪状判決の場に現れるだけであるが、 この様な複雑な政治状態の中で皇位に就いたのでその謀術を弄し新興武士階級の勢力に対抗し五代の天皇にわたり院政を行った。保元の乱時、29歳。バリトン。
近衛
 七十六代の天皇(1139−1155  名は体仁 なるひと)。 鳥羽帝と第二夫人美福門院との間に生まれ、2才で皇位に就くが早世(16才)。この楽劇では第二幕第3場の揺りかごの中に暗示されているだけ。
           


第一幕 第1場  (プロローグ)
 
 
―― 前奏曲。幕上がる。透明な中幕の中にコーラス、その前で西行読経。
   四国、讃岐の白峰の、崇徳上皇の荒れ果てた御陵の前で西行法師、木魚で拍子を取
   りながら読経している。
   透明な幕で、霧、樹木深く、昼なお暗い感じを出す。 読経の声、山々に響き渡る。   
   陵は高い丘の上にあり西行はその下の破れ果てた柵の前で読経している。
   西行の読経に和し一人の樵が歌いながら上方
   より下りてくる。 コーラス、読経(阿弥
   陀経)に加わる。 
   この樵、実は崇徳上皇の転生の姿なのだ。


                                             (挿絵:佐竹美保)




西行 コーラス
如是我聞 一時佛在 舎衛国 祇樹給孤独園 与大比丘衆 千二百五十人倶
にょぜがんもん  いっしぶつざい  しゃえこく  ぎじゅきっこどくおん  よだいびくしゅう  せんにひゃくごじゅうにんく 

皆是大阿羅漢 衆所知識 長老舎利弗 摩訶目ノ連 摩訶迦葉
かいぜだいあらかん  しゅうしょちしき  ちょうろうしゃりほつ  まかもくけんれん  まかかしょう 

又舎利弗 極楽国土 七重欄楯 七重羅網 七重行樹 皆是四宝
うしゃりほつ  ごくらくこくど  しちじゅうらんじゅん  しちじゅうらもう  しちじゅうごうじゅ  かいぜしほう

彼佛国土 常作天楽 黄金為地 昼夜六時 而雨曼荼羅華
ひぶつこくど  じょうさてんがく  おうごんいぢ  ちゅうやろくじ  にうまんだらげ 

青色青光 黄色黄光 赤色赤光 微妙香潔 極楽国土
しょうしきしょうこう  おうしきおうこう  しゃくしきしゃくこう  みみょうこうけつ  ごくらくこくど

彼国常有 種々奇妙 雑色之鳥 昼夜六時 出和雅音
ひこくしょうう  しゅじゅうきみょう  ざっしきしちょう  ちゅうやろくじ  すいわげおん

成就如是 功徳荘厳 
じょうじゅにょぜ  くどくしょうごん

                                                                             トップへ戻る                                       
台本の連載  第2回  (2014年7月4日)

第2回はいよいよ《白峯》の物語がはじまります。この場面は能の夢幻能の様式が採られています。
讃岐の白峰の御陵での樵姿の男と西行の遣り取りで、樵が崇徳院の御事を詳しく語ります。
昨年10月、私も香川県坂出市の白峰の御陵を訪れました。その時の写真を「ゆかりの地を訪ねて」に掲載してあります。 当地では崇徳上皇にたいする人々の尊崇の念が強いとの印象をもちました。


第一幕 第2場 同じ陵の前
  
   ―― 透明な幕上がる。

  あな 嬉やな この回向 えこう誰弔うことなきこの墓に供養したまう貴僧はいかなる御仁 ごじん にましますや。
西行  これは 西行と申す諸国一見の僧にて候。吾 この讃岐白峰なる 崇徳の御門 みかど の陵みささぎ に菩提手向けんとはる
 ばる讃岐にまかりける。さておこと(あなた)は何処からともなく現れしが如何なる御仁にましますや。
  これは 此の辺りに住まいおる山賎 やまがつ にて候。この白峰は昼なお暗き山奥にして  光通さぬ松柏 しょうはく 茂り 誰弔
 う人もなく朽ち果てし棘 おどろ したなる御陵みささぎに 供養あることありがたや、オー!オー!オー!
西行  見ればいかにも由よし有げなる樵きこりにて候や。もしや 崇徳の御門みかどに仕えたる御仁に候や。
  さん候。いささか見聞き及びて候。
西行  しからば 崇徳院の御事ども 詳しく語り候らえ。
  しからば 語り申さん。 (樵、少しづつ下りて西行に近づく)
  さても 人皇 にんのう 、七十五代の崇徳の御門は元永二年、鳥羽天皇の一の宮とて生まれたもう。 御母、待賢門院 たいけん
 もんいん
の慈しみ深く顕仁 あきひと の君健やかに生い立たせたもう。御曾祖父 そうそふ 白河の君ことのほか  顕仁親王を愛でさ
 せられ、御年わずか5才にして万乗 ばんじょう の御位 みくらい に就けさせられ、その在位十八年、五穀豊穣、 天下静謐にして万
 民こぞりて 賢き御代を寿ぎけり。
  しかるに、アアーアーアー しかるに、永治元年 御父 おんちち 鳥羽上皇 犯せる罪咎 つみとが もなきものを、 崇徳の御門を
 御位より下ろさせたまい、御年わずか2才の近衛院体仁 なりひと 親王を御位に就けさせられ、それよりぞ  天下麻のごとく乱れ
 軍馬、京中に満ち満ちて兵火、洛域を覆いたり。
  しかのみならず、天の受けざるところにや、近衛院御位を継ぎたれど ほどなく不予 ふよ(病) に入らせられ、 年若くして空しくな
 りたまいぬ。
  しかるに、御母 美福門院、これを、崇徳院の呪詛の故にと思いなし 鳥羽上皇に、とかく執り申しぬ。鳥羽院もその御嘆き深
 かりし故ならん、 日に日に弱らせたまえば、内外 うちと の祈り、癒し、投薬、様々なれど保元元年7月2日、ついに空しくなりた
 まいぬ。
  しかるに美福門院、これも 崇徳の御門の呪いの故にと思いなし、その怨み深まりて、鳥羽上皇の遺勅となづけ、 血脈 けち
 みゃく
正しき 崇徳の御門の一の宮、重仁親王を皇位継承よりはずさせられ、鳥羽院の四 よん の宮、 雅仁親王を御位に就けた
 もう。これひとえに 崇徳院の上皇継承を阻止せんためならんこと明かなり。
 このごとく 牝鶏 ひんけい 代わりて晨 あした を告げたれば、 国必ず亡びるとかや、これ 崇徳院の望みたもうことにあらず。
 しかれば、ただただ天に応じて民の望みに答えたまわんと、戦を起こしたまえども、却 かえ らまに戦に敗れ仁和寺に入らせたま
 いて、 御髪みぐしを下ろされ御慎みのいろ示されたれど、女人 にょにん の方々憎しみ深く、ついに崇徳の御門を讃岐の島へぞ流
 されけり。
西行  聞くも労 いたわ しき御語らい、かく成りはつるも人間 煩悩より逃れが たく、因果応報の常ならん。しかれば 崇徳の御
 門、習わぬ鄙の御住まい、いかが暮らさせたまいけるや。
  崇徳院 讃岐直嶋なる、人も住まわぬ沖の小島に閉じ込められ、参り来たりて仕うる者もなし。 籬 まがき にくねる虫の音も、
 洲崎にさわぐ千鳥の声も心を砕く種と成り、ただただ 浮かれし都ぞ恋いせらる。されば 帰京の叶 わんこと願いたまいて、
 御指の先より血をあやし 三年が年月 としつき に、大乗経 だいじょうきょう その五部を写させられ、 歌を添え、遥るけき京の御室
 おむろ(仁和寺の在る地名) の御所へ送りたまいぬ。
    浜千鳥、浜千鳥、跡は都へ通えども オー!オー!オー!
    身は松山に、音をのみぞ 鳴く オー!オー!オー!
  しかれども 主上 しゅじょう をはじめ、女人の方々、この大乗経をも禍々 まがまが しき物と思いなし、 ついに 直筆を送り戻させ
 らる。 崇徳院これをいたく怨みたまいて あな、口惜しきことかな、この大乗経までも 反故ほうごにされては 吾生き長らえても
 無益なり。 それより後は 御髪も召されず、御爪をも切らせたまわず、生きながら鬼神 きじん のごとく成らせたもうぞ、浅ましや。
  しかのみならず 崇徳院、御舌 みした の先を食い切られ、流るる血もて大乗経に、願わくば願わくばオー!オー! 吾をしてこの
 世の大魔縁 だいまえん となし、この世を修羅地獄の巷となさせたまえとの御祈誓 ごきせい を書き付けられ、 海底の奥深くしずめ
 られ、それよりぞ九年 ここのせ を苦しみ抜かれ、ついに御隠れ成りたまいぬ。 さしもの思い深かかりし故ならん 荼毘 だび
 煙りも、都をさして棚引けるこそ恐ろしけり。
西行  聞くも浅ましき人間の業。さるにても おことは何とて 崇徳院の御有り様かくも詳しゅう存じ候や。
  今は何をかつつむべし。吾は人皇 にんのう 七十五代 崇徳院転生の姿なり。汝の回向に答えんとこれまで現れ来りしが  こ
 れにて吾の真 まこと の姿を汝に見せようぞ。オー!オー!オー!

第一幕 第3場  舞台同じ陵の前
  
  ―― 音楽高まる。この間、樵、髪はぼうぼう、爪長く、恐ろしい大魔縁の姿(崇徳院の亡霊)と変化する。

崇徳院  いかに西行 はるばる都より来たりて吾が菩提弔わんとの志し奇特の至りなり。 しかれども、経文 きょうもん の功徳 こう
 とく
にて吾を成仏させんとの企ては愚かにあらざるや。
西行  さりとて如何に迷わせたもうや。ひたぶるに汚れし此の世への執着を断たれ 円満なる仏果 ぶつが の位に昇らせたまえ。
崇徳院  汝知らず。先に語りしところは 来 きた りし形の表のみ。見よや西行、吾が生涯の真 まこと の有り様、 見よや西行吾が
 因業 いんごう の深さを。 見よや西行、西行、西行。
   ―― スピーカーによる反響、場内に広がる。


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台本の連載  第3回  (2014年8月5日)

第3回はいよいよ物語の本体がはじまります。華やかとおもわれている宮廷の内部で皇位継承をめぐって様々な思惑が 繰り広げられます。丹波先生は『保元物語』、『愚管抄』の史実に拠られながらもご自身の創意もそこに入れ込まれ、ドラマ性を高められています。


第二幕 第1場 宮廷の場
   
  ―― 舞台明るく広くなる。 鳥羽帝(16才)と待賢門院(18才)の 入内の儀が行われている。舞台奥にて、儀式最後の舞楽、青
     海波が舞われている。その間人々中央より舞台に入って来る。手前で女房達(女性コーラス)話し合っている様。

女性コーラス  めでたき婚儀の一日かな。賢き御代の千秋万歳 せんしゅうばんぜい 。極楽既にこの世にあり、極楽既にこの世にあ
 り。
白河上皇  いかに頼長今度こたびの入内 にゅうない の儀、如何いかが御覧じ候や。
頼長  まこと 朝家 ちょうけ 万世の礎 いしづえ、延喜、天暦の古に勝る賢き御代の始めかと覚え候。
白河上皇  いしくも申しけるかな。さればおことに 関白の位を授けん。
頼長  何と 関白。 (早口にて) そは鳥羽帝の関白に候や。さりとて頼長いまだ年若なれば関白とは思いもよらぬこと。
白河上皇  鳥羽帝の関白には非ず、その皇子こうしの関白なるぞ。
頼長  こはなんと狂言、奇語を宣のたまわせることかな。鳥羽帝には今だ皇子お座しませんものを。
白河上皇  汝には知る由もなし。されど吾が目には未来も手の内を見るがごとし。
侍従  いかに申し上げ候。鳥羽帝と中宮のお成りにて候。
白河上皇  されば これへ御通し候らえ。
コーラス  鳥羽帝、上皇の正まさ しき孫。中宮、上皇の養い姫、御愛深く育ませらる。睦まじき日々永くあれかし。
鳥羽帝  入内の儀、滞り無くうち果てて候。これひとえに吾が君の恩賜おんし と覚え候や。
白河上皇  めでたきこと。いく久しく睦まじゅうさせたまえ。さても中宮にはいかが思し召したもうや。(屠蘇が振る舞われている)
中宮(待賢門院)  畏かしこき御代に生まれいずるこそ、かたじけのう覚え候。
白河上皇  さりとても 仏の加護のありがたさ、片時 へんじ 忘れたまひそ。このめでたき祝の宴、 今様でも参いらせ しばし時を
 過ごさん。鳥羽帝には御笛 おふえ を、中宮、頼長、皆々付けさせたまえ。吾も歌おうぞ。
  ―― ここで、越天楽今様
    春の弥生の曙に 四方 (よも) の山辺を見渡せば
     花盛りかも 白雲のかからぬ峰こそなかりけれ
侍従  時すでに三更 さんこう(夜の十二時) にて 鳥羽帝には還御 かんぎょ の時刻に渡らせ候。
白河上皇  夜遊 やゆう の宴 今だ半ばなるに。
鳥羽帝  なごりおしゅう候らえども、夜の祭りの控えおりますればお暇 いとま を賜りたくぞんじ候。
白河上皇  夜の雑事 ぞうじ は欠かせぬものなれど、帝 てい には御心深く、世にありがたきことと覚え申さん。さればつつがなくご
 帰還あれ。 (鳥羽帝、中宮、座を立って帰還しかける。)のう、のう、鳥羽帝には夜の神事のおわせられど、中宮には夜の神事控
 え非らざれば、 しばし御留おとどまりありて物語りさせたまえ。夜遊の宴いまだ半ばなれば。中宮には如何いかが思し召さるや。
中宮  御 言葉なれば いともかしこし。さりながら、今宵は入内の儀ひらにお許しあれ。
鳥羽帝  祖父君そふぎみ の御言葉なれば 受けさせられ、しばし、物語りさせたまえ。


第二幕 第2場  白河上皇寝室前の中庭
  ―― 白河上皇、中宮、虫の音に耳を傾けている。静かな音楽。
白河上皇  月雲に隱る。
中宮  蛍乱れ飛びて、秋すでに近し。
白河上皇  宸星しんせい(暁の星)弱まりて、夜初めて長し。
  ―― 白河上皇、中宮の手をとって部屋に入る、衣桁に影絵の様に二人の抱擁が浮き出される。音楽高まる、 二人崩れおち
      る。 音楽静まり時間の経過を示す。字幕に「十年後、白河院76才で崩御、鳥羽院の御代となる」と示される。

第二幕 第3場 鳥羽院宮廷の場

コーラス(六部)  鳥羽帝 5才にして御位に就かせたもう。その在位十六 年天下穏やかにして、季節、時に従い庶民愁いなし。白河院崩御の後は鳥羽院天下を知ろしめられ 国土豊穣、大慈だいじあまねく行き渡りぬ。しかるに 保延五年、美福門院体仁なりひと親王をもうけたもう。鳥羽院ことのほか愛で させたまい、崇徳の御門を御位より降ろさせたまい、御年わずか2才の体仁親王を御位に就けさせたもう。 それより鳥羽院、崇徳院の御仲おんなか不快にならせたもう。
  ―― 宮廷の内部 乳母二人 体仁親王の揺りかごを中にして子守唄を歌いながら子守りをしている。

乳母二人  眠む 眠む 眠む 眠む、吾が御子 安らけく眠りたまえ。
  御手みて 開けば紅葉 御手結べば小石。
  眠む 眠む 眠む 眠む、吾が御子 健やかに育ちたまえ。
  御耳銀杏で 御鼻は桜木 切るは鋏み。
  石拳 打たしょ、打ちまっしゃれ、ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ。
  勝負でホイ、同拳でホイ、勝負でホイ。(負者 耳を引っ張られ)ア! 痛た痛たた痛たたたたた。
  石拳 打たしょ、打ちまっしゃれ、ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ、勝負でホイ。
美福門院  如何に 姦しきことかな、吾あが御子が目を覚ましましょうぞ。吾が生させし吾が君 もしもそなたを御門の位に就け
 ざれば、生涯そなたは暗黒の世界に留まりて光を見ず。
 (揺りかごの中をのぞく、揺すりながら)眠む 眠む、吾が御子安らけく眠りたまえ。吾あれ そなたを、しかと御位につけましょう
 ぞ。(奥の明かりを見やる。)吾が君 未だ政務に御座りましょうや。(舞台回り…)如何に御心に適わざることござろうや。
鳥羽院  吾 政事まつりごとを取ること十数年、その間 正しき者を賞し、悪しきを諌め天の意を知ろしめす。然れども 吾 不吉
 なる悪夢 拭いがたし。
美福門院  悪夢は五臓の疲れと申す。しばし休ませられ御心の安泰を得させたまえ。然れども 如何なる悪夢に御座ろうや、妾
 わらわに語り候らえ。
鳥羽院  吾 この夢見ること一度のみに非ず。風に流され朝家の人々溺れること海のごとし。吾 助けんと手を差し延ぶれど、実
 じつなく空ぢゃ!空ぢゃ!空ぢゃ!しかのみならず、風の中に黒点ありて迫り来ること鏑矢かぶらや のごとし。良く良く見れば黒き
 点、軍馬の大軍にして 武器を手に手に 吾に迫り来ること阿修羅のごとしオー!オー!オー!
美福門院  嗟な愛しきわが君 なにと忌みじき悪夢に候や。このところ、 時々しばしば現れし流れ星も不吉なる現れと申す。
 これ崇徳の君の政事まつりごと によらざるや。 嗟な愛しきわが君 もしも吾あが御子御門の位に就かざれば 生涯、暗黒の世界
 に留まりて光を見ることなからん。
鳥羽院  なかなか。崇徳に皇位を奪われ 吾が過ぎにし日々も苦しみと屈辱のみ。上には白河の君、下には 崇徳を頂き 苦悩
 の日々を送りしこと未だ忘れず。しかのみならず 崇徳が吾が子とは名目のみ。崇徳は 中宮と吾が祖父の不義の子、白河の君
 亡き後、いかで 崇徳を庇おうぞ。
美福門院  嗟な愛しきわが君 願わくば吾が御子を御門の位に就けさせられ、安泰なるこの世をば 築かせたまえ。
鳥羽院  いかにも 崇徳を廃し 体仁を御位に就けようぞ。関白忠通を呼ばっしゃれ。(忠通、急ぎ左側より入場)
忠通  御前おんまえに御座候。宣旨せんじとは如何なる 御意に御座ろうや。
鳥羽院  今度の2才の誕生を祝し 体仁を御門の位に就けようぞ。如何に思し召したもうや。
忠通  しかれば 崇徳の御門は如何になされたもうや。
鳥羽院  崇徳の御門には院号を与えたまえ。
忠通  しからば 御門を新院、御身を本院とお呼び申さん。
鳥羽院  こは 宣旨にあらざれば 記すこと無用。吾が内意として、そなたに申し聞かせん。吾が後あとには四の宮 雅仁を御位
 に立てようぞ。
忠通  なかなか、これにて 崇徳の御門を皇位継承より外さんとの御意、しかと受け賜り申した。これにて わが弟 頼長の思案
 を見ましょうぞ。
コーラス  哀れやげに 人間の欲。悲しやげに 人間の業。権欲、財欲、情欲、欺瞞、高慢、煩悩の虜となり、怨み、陰謀、殺戮
 止とどまることなし。哀れやげに人間の業、今世こんせの悪、未来の悪を生むこと明らかなり。 因果応報 この世の常ならん。
  (音楽高まる)


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台本の連載  第4回  (2014年9月5日)

第4回は第二幕の終わりまで掲載します。コーラスの、「哀れやげに人間の業…哀れやげに人間の欲… 悲しげやげに人間の心…悲しげやげに人間の憎しみ…」はあたかも能の地謡のようで、こころに深く染み入り、人間の生き方を考えさせられます。


第二幕 第4場 同じ宮廷内 
  ―― 鳥羽院、崇徳院対決の場。美福門院 鳥羽院 忠通 小声で話し合っている。

侍従  いかに申し上げ候。崇徳院、左大臣頼長様のお越しにて候。 (美福門院 急いで左に退場する。)
忠通  (鳥羽院を見やりうなずく。)しかれば これへ御通し候らえ。 (崇徳院、頼長、興奮した様子で、急ぎ足で入場する。)
崇徳院  如何に父君 今度の宣旨解りかねまする。吾 政事を取ること十八 年、その間 祖父君、父君の御意を知ろしめし 国
 土豊穣、秩序安泰に努め しこと父君も御存じのはず。(頼長、崇徳を手で静め)

頼長  しかるに 今度の廃位 御言葉なれど御受けいたしかねます
 る。如 何なる咎によるべきかお聞かせ候らえ。御門の失政 は吾が責
 務如何なる失政によるべきかお聞かせ候らえ。しかれば吾 如何なる
 刑にも服しましょうぞ。 (待賢門院、急ぎ足で入場。興奮している様)
待賢門院  如何に吾が君 今度の宣旨 理ことわりあらざると言うべき
 や。吾が育みし 崇徳の御門は  血脈正しき帝ていの後継ぎたること御
 存知のはず。しかるに体仁親王は 当腹とうふくの方にして。
 (頼長 手で静め)
頼長  皇位継承には 関与なさらぬお方と存じ候。然れども 主上変革
 を望ませたもうなれば 崇徳の御門の一の宮重仁親王を 御位みくらい
 に就けさせられ、血脈正しき皇統を守らせたもうこと 理と存知候や。
 しかるに、今度の宣旨 崇徳院の上皇継承を阻止せん 企たくらみ明らか
 なり、しからば力を借りても 崇徳院をお守りしましょうぞ。
崇徳院  父君の沈黙 解りかねまする。なにとぞ御心みこころをお聞かせ
 候らえや。
鳥羽院  これはそなたの御生おんまれ以前のことなれば そちには関係非ざれば語らずにおりけるが 望みとあれば聞かせまし
 ょうほどに 御心鎮めて聞きたまえ。そなたが吾が子とは名目のみ。 そちは吾が祖父 白河院と吾が中宮の御子みこにして吾が
 父君の弟おととにて吾が叔父御おじごなるぞ。
待賢門院  何と 崇徳の御門は そなたと わらわの御子なるぞ。 (美福門院急ぎ足で左手より登場。手に手紙を持っている)
美福門院  嗟な愛しき吾が君、この治部大輔じぶのだいふ雅頼様の早馬はやうま御覧候らえ。 それに御座わします左大臣頼
 長様の願いにて阿闍梨勝尊あじゃりしょうそんなるものわが体仁親王を呪詛におよびしこと白状いたし候ぞ。
頼長  何たること申す。
鳥羽院  これにて頼長 そなたの謀反明らかなり。流罪に処す故それまで閉門。公卿くぎょうの詮議せんぎを待ち候らえ。(鳥
 羽院、美福門院、忠通急ぎ退 場。)                       *門を閉めて人に会わないこと
頼長  何たること。罠に落ちたる兎とは まさにわがこと。
         (崇徳院、待賢門院、頼長、舞台の真ん中に取り残される。絶望の様子)
崇徳  事 ここに至りては もはや戦は避けられますまいぞ。 オー!
頼長  オー!
待賢門院  アー! アー!

第二幕 第5場 戦場の場   
  ―― 音楽高まり、舞台広まり戦場になる。

コーラス  哀れやげに 人間の業。鳥羽院亡き後その後継を争いて、ついに保元元年いくさ起こりぬ。親子兄弟、叔父甥 二手
 に分かれ殺し合うこといと浅ましや。     (音楽高まる。武士達戦いながら右から左に、左から右に舞台を横切る。)

第二幕 第6場 崇徳院側敗戦の場
  ―― 左側に崇徳の陣。右中央より武士駆け入る。

武士1  如何に申し上げ候。左大臣 頼長様 流れ矢に当たり討ち死にいたされて候。
崇徳院  何と 頼長!   (武士2 右より駆け込む)
武士2  御所に火が掛かりて候らえば 早早はやはやこの場を逃れさせたまえ。為朝殿西門を  吾等この場を守りおります
 れば 早早この場を逃れ候らえ。                     *崇徳院の住まい
崇徳院  志し かたじけなや。しかるに 吾 戦に敗れたれば、何処くにも親子三代匿もう者もなし。 如何にこの場を逃れましょう
 ぞ。 しかるに 皆々この場に留まりて防ぎ戦えば 無益なる殺戮あること明かなり。ことここに至りては、われ婦女子を戦に引き
 込むこと望まざれば  この場に留まり公卿の詮議を待つほどに 皆々早早この場を逃れさせたまえ。
武士二人  一度 主上に捧げしこの命 なじかお返し候や。
崇徳院  志し真まことなれど われ無益なる殺戮 望まざれば 皆々早早逃れさせたまえ。 おのが命を主上と思われ 心いたさ
 れよ。これを吾が最後の宣旨と心得 皆に伝え候らえや。 (二人振り向きながら舞台を駆けさる。)

第二幕 第7場 罪状判決の場
  ―― 美福門院、忠通、後白河天皇その他多くの公家 殿上に、崇徳、待賢門院、重仁、源為義、為朝初め多くの武士
     下座に。 

コーラス  哀れやげに 人間の業。 悲しやげに 人間の心。女人の方々そ の怨み深く その課せし罰も重し。
美福門院  嗟な愛しきわが君。あが君、あが御子すでにわれを去りて 吾に 残りしものは深き怨みと憎しみのみぞ。
侍従  しかれば 刑罰申し付け候。(美福門院、忠通、後白河、各々罪状を 読み上げる。)
美福門院  崇徳院顕仁 謀反の罪とがにて讃岐直嶋に流罪 帰京厳禁。
待賢門院璋子 謀反に加担せし罪にて嵯峨野に幽閉 帰京厳禁。崇徳院第一 子重仁 華蔵院けそういん寛暁かんぎょうの元に
 て落髪 還俗厳禁。判官はんがん源為 義 謀反に加担せし罪により死罪。その子為朝、敵ながらあっぱれなる合戦、 死罪を減じ
 伊豆大島に流罪。右衛門尉うえもんのじょう平時広 謀反に加担せし罪 にて死罪。流罪。死罪。

忠通  左大臣頼長 謀反並びに体仁親王を呪詛におよびし罪により死
 罪。そ の子兼長 連累れんるいにより流罪。同じく藤原師長もろなが流罪。
 同じく藤原高 長流罪。佐馬助さまのすけ平忠正 謀反に加担せし罪にて
 死罪。その嫡子平長盛 ながもり同じく死罪。同じく平忠綱、平正綱、
 平道正謀反に加担せし罪にて
 死罪。流罪。死罪。
後白河  源亀若かめわか 幼少なれど為義連累なれば死罪。同じく源鶴
 若つるわか 連累なれば死罪。同じく源天王てんのう死罪。
 平忠正 謀反に加担せし罪にて 死罪。左衛門尉平家弘 並びに其の
 子平盛弘 光弘 安弘 謀反に加担せし 罪にて 各々死罪。流罪。
 死罪。死罪。
コーラス  哀れやげに 人間の業。悲しやげに人間の憎しみ。かくして子
 は 泣く泣く親を切り、弟 兄に切られ、友は友を誅し、親子兄弟、妻子
 四散、いと哀れなり。
  (音楽高まる。その間敗北の武士四方に追い立てられて行く親子離別
   の様)



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台本の連載  第5回  (2014年9月23日)

第5回は最終回です。第一幕と同じ御陵の前、再び崇徳院の亡霊があらわれ西行に諌められますが…。

  今月21日京都・白峯神宮で崇徳天皇850年祭の奉納演奏を行いました。
  《白峯》のこの第三幕を室内楽に編曲したもので、指揮は矢崎彦太郎さんです。
  神宮の神楽殿で、すべて電気楽器によって演奏され迫力がありました。
  引き続き、名古屋に移動して最終稽古、26日(金)に本番をしらかわホールで行い、
  28日(日)は東京のすみだトリフォニーホールとなっています。
  多くの方々にホームページにアクセスしていただいたことに感謝しています。


第三幕 第1場 崇徳院の陵の場  第一幕と同じ
  ―― 短い前奏曲の後、崇徳院亡霊の姿で現れる。  エコーの中で。

崇徳院  西行 見たりしや 吾 忌まわしき成りあいの因果を。吾 不義に よりて命を成し 虚栄、淫乱、陰謀の中に育ち 怨み、
 憎しみ、孤独の中に 死す。その怨み深かりし故ならん 吾 この世への憎しみ断ちがたく 死後 も尚祟りをなす。このところくり返
 す殺戮、災害皆われの成す業なるぞ。
西行  こは天の選びし賢き御門の成すべき業なるや。人の上に立つべき主上 が人の道を違えたまえば 民苦しむは必定ならん
 や。願わくば汚れしこの世 への執着を断たれ仏果の位に昇らせ候らえ。
崇徳  汝忘れたりしや。吾神々、仏を敬い 天の意を知ろしめすこと十八年、 その間 天下安泰、五穀豊穣、人々この世を寿ぎ
 けり。しかるに 牝鶏時を つげ咎なき吾を御門の位より降ろされ わずか2才の寵愛の体仁を御位に 就けさせらる。しかのみな
 らず、鳥羽帝崩御に際し わが子重仁の践祚せんそ を妨げ 吾が弟雅仁を御位に就けさせらる。これひとえに 吾が上皇継承を
  阻止せんためなり。そのうえ体仁親王の早世を我等の呪詛によるとなし、罪 なき頼長を流罪に処すに及びては 力もて悪に抗
 戦するほかなかりけり。 かくして 戦起こりけり。為義ためよし親子あっぱれ戦いけるが多勢に無勢  南都の援軍待つほどに御所
 の焼き討ちにあいて、煙りに巻かれ 敵に囲まれ  我等戦さに破れたるぞ。
西行  聞くも労いたわしき御言葉みことばなれど 今はこの世に在らざる御身な れば などてこの世に執着なされたもうや。
崇徳  そは 怨み憎しみからなるぞ。
西行  何と 怨み、憎しみすべてこの世のものなれば 早早妄執を断たれ仏 果の位に昇らせ候らえ。
崇徳  汝知らず。吾戦に破れ 髪を下ろし 仏の道に入りたるは 吾がため に命落とせし者の菩提弔ろう為にして 吾が命長ら
 えんためならず。しかれ ば吾が命に代えて 吾に組みせし者の命助けんと 再度懇願いたせしが  女人の方々憎しみ深く死罪
 に処すもの数百人 その中にはあどけなき子供 らも含みたり。加うるに流罪に処す者これまた数百人。その上、所領取り上 げ
 られ四散する者数百人。これ天慮 人道に違たごうと言うべきぞ。
西行  いかにも極悪、無道のことなれど 悪は悪を、憎しみは憎しみを生む のみなれば煩悩を断たれ 仏の慈悲におすがり候ら
 え。 崇徳  何たる愚かしきこと申す。汝 仏の道を選びしが 吾はこの世を選び し闡提せんだい*なるぞ。巡り廻めぐりてこの世
 に止まり 悪に悪もて、力に 力もて対するが 吾が選びし道なるぞ。オー!オー!オー!       救いようのない者
 
 ―― 音楽高まる。その間照明激しく点滅し、大魔縁の力を表す。音楽静まり少しずづ明るくなる。朝靄、鳥の鳴き声で岩に臥せ
     って寝 ていた西行目を覚ます。

第三幕 第2場 (エピローグ)
 ―― 透明な中幕下りコーラスはその中、西行はその前の岩にふせなが
     ら寝ている…西行少し動く。

西行  何たる忌みじき悪夢かな。かって数百の供を従えし万乗の君も
 怨念の 虜となりて 今は巡り廻りてこの世に止まり、阿修羅のごとく駆け
 廻り悪、 憎しみ、陰謀と諍いさかいをくり返し 瞬時、心休まることもなし。
 願わくば 願わくば、御仏みほとけの慈悲にてこの世への執着を断たれ
 佛果の世界に導 き候らえや。
バス1  
 如是我聞 一時佛在 舎衛国 祇樹給孤独園 与大比丘衆
 にょぜがんもん いっしぶつざい しゃえこく ぎじゅきっこどくおん よだいびくしゅう
 *わたくしが聞いたのであるが、あるとき師の釈迦世尊は、多くの修行僧たちの 集団
 とともに、孤独な人々に食を給する長者の園に滞在しておられた、と。
バス2  
 摩訶目ノ連 摩訶迦葉 摩訶迦旃延 無量諸天 大衆倶
 まかもくけんれん まかかしょう まかかせんねん むりょうしょてん だいしゅうぐ
 *マハー・マウドガリヤーヤナ、マハー・カーシャパ、マハー・カッピナらの無量の諸天・
 大衆とともに。
テノール2
 号阿弥陀 今現在説法 舎利弗 彼土何故 名為極楽 其国衆生
 ごうあみだ ごんげんざいせつほう しゃりほつ ひどがこ みょういごくらく
 ごこくしゅじょう
 *阿弥陀は今、極楽にお住みになって、法を説いておられる。シャーリープトラ よ、かの世界はどうして極楽と言われるのであろうか。その
   世界には生ける者 (のからだの苦しみもこころの苦しみもない、それ故極楽と言われるのだ)。
テノール1 
 出微妙音 喩如百千種楽 同時倶作 聞是音者 皆自然生
 すいみみょうおん ひにょうひゃくせんしゅがく どうじくさ もんぜおんしゃ かいじわん じょう
 *(行樹や羅網は風に吹かれるとき聖者らが)百千億種の天上の楽器を合奏する 時のように微妙の音を出す。(極楽の)人々はその音を聞
   いて自然に(佛を念ずる心が)起こる。
アルト1  
 青色黄光 赤色白光 微妙香潔 舎利弗 極楽国土 成就如是 功徳荘厳
 しょうしきおうこう しゃくしきびゃくこう みみょうこうけつ じゃりほつ ごくらくこくど じょうじゅにょぜ くどくしょうごん
 *シャーリープトラよ、極楽国土は青く、黄色く、赤く、白く、様々に輝き、仏の 国特有のみごとな光景で飾られている。
アルト2  
 衆生聞者 応当発願 願生彼国 所以者何 得与如是
 しゅじょうもんじゃ おうとうほっがん がんじようひこく しょいしゃが とくよにょぜ
 *生ける者は、かの仏の国に生まれたいという願いを起こすべきである。何故なら ば(仏の国で清らかな求道者に)会うことになるからであ
   る。
ソプラノ1 
 汝等衆生 当信是称讃 不可思議功徳 一切諸佛 所護念経
 にょうとうしゅじょう とうしんぜしょうさん ふかしぎくどく いっさいしょぶつ しょうごねんぎょう
 *そなたたちは、この「不可思議な功徳の称賛、一切の仏たちのすっかり護ると ころ」と名づけられる法門を信じなさい。
ソプラノ2
 舎利弗 於汝意云何 何故名為 一切諸佛 所護念経
 しゃりほつ おにょいうんが がこうみょうい いっさいしょぶつ しょごねんぎょう
 *シャーリープトラよ、どういうわけでこの法門は「不可思議な功徳の称賛、一 切の仏たちのすっかり護るところ」と名づけられるのであろう
   か。
西行   
 爾時仏告 長老舎利弗 従是西方 過十万億土 有世界 名曰極楽 其土有仏
 にじぶつごう ちょうろうしゃりほつ しゅうぜさいほう かじゅうまんのくど うせかい みょうわつごくらく ごどうぶつ
 釈迦牟尼佛 能為甚難 希有之事 能於娑婆国土 五濁悪世 煩悩濁 却濁 見濁 命濁 衆生濁中
 しゃかむにぶつ のういじんなん けうしじ のうおしゃばこくど ごじょくあくせ ぼんのうじょく こうじょく けんじょく みょうじょ しゅうじょうじょくちゅう
 *そこで師は、シャーリープトラに言われた。ここから西方に百万億の仏国土を過 ぎたところに、極楽という名の世界がある。
   (シャーリープトラよ、私が仏・世尊たちの功徳をほめ讃えているように彼らも また、私をほめ讃えて)「釈迦世尊は、煩悩の濁り、時代の
   濁り、偏見の濁り、 命の濁り、生けるものの濁りという現実の世界にいながら、いとも成し難いこと をなしとげた」(と言うのだ)。
 

 ―― コーラスによる読経。西行これに加わり合唱、オーケストラの高まりの中に幕が下りる。仏教により崇徳の霊が救
     われたか闡提せんだいとして輪廻を続けているかは個人の判断にまかせましょう。            
                                                              完      

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阿弥陀経

如是我聞(にょうぜがんもん)       一時佛在(いっしぶつざい)   舎衛国(しゃーえこく)
祇樹給孤独園(ぎーじゅきっこどくおん) 与大比丘衆(よだいびくしゅう) 千二百五十人倶(せんにひゃくごじゅうにんく)

(梵訳)
わたくしが聞いたのであるが、あるとき師は、千二百五十人もの多くの修行僧たちの集団とともに、 シラーヴァスティ―市のジェーター林、孤独な人々に食を給する長者の園に滞在しておられた。

皆是大阿羅漢(かいぜだいあらかん)   衆所知識(しゅうしょちしき)  長老舎利弗 (ちょうろうしゃりほつ)
摩訶目ノ連(まーかもくけんれん)    摩訶迦葉(まーかかしょう)

(梵訳)
これらの人々はすべて超著名な、敬われるべき、偉大な聞く力のある阿羅漢たちであった。長老シャーリプトラ、マハー・マウドガリヤーヤナ、マハー・カーシャパ…

又舎利弗(うーしゃりほつ)      極楽国土(ごくらくこくど)     七重欄楯(しちじゅうらんじゅん) 
七重羅網(しちじゅうらもう)     七重行樹(しちじゅうごうじゅ)   皆是四宝(かいぜしほう)

(梵訳)
またシャーリプトラよ、極楽国土は、七重の石垣、七重のターラ樹の並木、鈴のついた網によって飾られ、 それらは(金・銀・瑠璃・水晶)四種の宝石からできている。

彼佛国土(ひーぶつこくど)    常作天楽(じょうさてんがく)    黄金為地(おうごんいぢ)
昼夜六時(ちゅうやろくじ)     而雨曼荼羅華(にうまんだらげー)

(梵訳)
かの仏国土では、常に天上の楽器が演奏されており、また、大地は黄金色で心地よい。またかの仏国土では、 夜に三度、昼に三度、天上のマンダーラヴィアの花の雨を降らせる。

青色青光(しょうしきしょうこう)   黄色黄光(おうしきおうこう)  赤色赤光(しゃくしきしゃくこう) 
微妙香潔(みーみょうこうけつ)   極楽国土(ごくらくこくどう)

(梵訳)
(池の中の蓮華、大いさ車輪のごとし。しかも)青い蓮の花は青い色で青く輝き青く見え、黄色の蓮の花は黄なる色で黄色に輝き黄色に見え、 赤い蓮の花は赤い色で赤く輝き赤く見え、様々な色の蓮の花は様々な色で様々な輝きがあり、様々な色に見えている。
                                                              
彼国常有(ひーこくしょうう)  種々奇妙(しゅじゅうきみょう)  雑色之鳥(ざっしきしちょう)
昼夜六時(ちゅうやろくじ)   出和雅音(すいわげおん)

(梵訳)
かの仏国土には、 白鳥や帝釈鴫や孔雀がいる。夜に三度、昼に三度、集まって合唱し、また、各々の調べをさえずる。

成就如是(じょうじゅにょぜ) 功徳荘厳(くどくしょうごん)

(梵訳)
(極楽国土は)上に述べたような、仏国土特有のみごとな光景で飾られているのだ。

釈迦牟尼佛(しゃーかむにぶつ)    能為甚難(のういじんなん)   希有之事(けう しじ) 
能於娑婆国土 (のうお しゃばこくど) 五濁悪世(ごーじょく あくせ)  煩悩濁(ぼんのうじょく) 
却濁(こうじょく) 見濁 (けんじょく)    命濁 (みょうじょく)        衆生濁中(しゅうじょうじょくちゅう)

(梵訳)
世尊・しゃか族の聖者・しゃか族の大王は、いともなし難いことをなしとげた。現実の世界において、(この上ない正しい覚りを覚り得て、)煩悩の濁り、  時代の濁り、偏見の濁り、命の濁り、生けるものの濁りの中にいながら、(一切の世間の人々が信じ難い法を説かれた。)

   ・ひらがな読みと漢字は丹波先生のボーカルスコアより。
   ・梵(サンスクリット)訳は岩波文庫「浄土三部経」中村元・ 早島鏡正・紀野一義訳注より。
   ・(漢訳)ではなく意味がよく分かる(梵訳)を採用した。(作成:大西 2013.8.11)

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