楽劇(オペラ)《白峯》 ―演奏会形式―  
  

トップページ プロフィル等 あらすじ・台本 浜千鳥 序破急とは 深大寺聲明の会
はじめに
 縁あれば千里といいますが、深大寺天台聲明の会が渡欧し、ジュネーブ・パリで公演を行なったそもそものきっかけは、 深大寺の恒例行事である十三夜の習礼でありました。日本を訪れていたパリ在住の丹波明先生がたまたま当山の 本堂から聞こえてきた聲明に耳を傾けられた、そのご縁がすべての始まりでした。
 先生は「これは四箇法要だ。」と言われたくらい聲明については造詣が深く、ジュネーブ公演のことでパリから電話をいただき、 合行曼荼羅供の内容もほとんど精通されていたのには驚きでした。
 丹波先生との間で連絡などお世話になった大西信也さんが、是非出発前のリハーサルがあるならば聲明を聞かせてほしいということで、 八月末に丹波先生ゆかりの音楽関係者が多数集いました。異口同音に「この聲明音楽はフランス人には絶対うけますよ。」という反響をいただき、 その壮行会の後席では想定外のことでありましたが、帰国演奏会の日取りと参席していた音楽家の皆様も一緒にその演奏会に加わることが 即座に決められたのです。本当に稀有な演奏会が実現いたしました。聲明には海外組に深大寺院内も加わり十名出仕による合行曼荼羅法要です。
                                           合掌                                               深大寺住職 張堂完俊

第1回声明の会2015.8.26 パリ公演公開リハーサル    ちょうふネットTV で見ることができます。 
         
 

         
 2015.9.12〜13ジュネーブ公演.
 
       
   
     
    
     
    

     
  
  





       
9.15パリ公演.
 
         
    
         
 
         
 
         
    
         
 
 

第2回2015.12.22声明の会 パリ公演帰国報告演奏会・アンサンブル浮岳と共演
第一部 
「音の干渉」 第九番 …… 丹波 明作曲   尺八:福田 輝久・三味線:杵屋 子邦
〈干渉〉Interferenceとは、物理学の分野で同一点に会し合う音、または光の運動が、互いに強めあったり弱めあったりする現象をいう。 細胞構造による日本伝統音楽の書法と、
ヨーロッパの十二音主義以後の書法とを基礎として使用している私には、 この二つの書法が〈干渉〉し合い、新しい音楽感を創造するという願いがあり、この題名はそのような思いからつけられたものである。 この試みはすでに様々な洋楽器の作品になされてきたが、日本の伝統楽器に当てられたのはこの〈音の干渉〉シリーズが最初となる。
―丹波明プログラムノート抜粋―

木霊(こだま) ……吉田 進作曲
バッハ ・ ソナタ第一番より アダージオ  ヴァイオリン:渡邊 篤子

木霊は短い、ユニークな曲です。人間は自然の一部に過ぎず、作曲家も自然と人間のリレーションシップを感じています。 人が弦を振動させて発生した音響は、ヴァイオリンの木に宿る霊に支えられて音楽に変容しますが、 その霊の原初的活動を凝視して描いた作品です。次のバッハの音楽はすべてを包み込む、 人間存在の根源を問い掛ける音楽だと思います。  (矢崎彦太郎)



鳥の歌 …… カタルーニャ地方の民謡   オンド・マルトノ: 原田 節
カザルスが1971年国連本部の会議場で演奏した曲です。
空を飛ぶ鳥たちはピース、ピースと歌うのです、
とカザルスはスピーチで語りこの曲を演奏しました。
世界中の鳥たちが集まる森で、不気味に迫りくる兵隊の足音を打ち消すかのように鳥の歌が聞こえてきます。



盤渉調 音取(ばんしきちょう ねとり) 白柱(はくちゅう)
                          篳篥(ひちりき) :桑 賢治 / 龍笛(りゅうてき):越後 眞美
盤渉調は西洋音楽の「ロ短調」に相当します。雅楽の世界では冬の調子とされ、古くは冬に演奏されました。 因みに双調(そうじょう)は春、黄鐘調(おうしきちょう)は夏、 壱越調(いちこつちょう)は土用、平調(ひょうじょう)は秋の調子とされています。 音取とは、一種の音あわせで、耳ならしともいうべき役割を持つごく短い(1分前後)楽曲で、雅楽の各調子に配されています。 音取はごく短いながらも、各調子の音階や旋律法が巧みに取り入れられていて、音取からだけでも、 その調子の持つ音楽的特徴を味わい知ることができます。
白柱の曲は元明天皇即位のとき(707年)作られたと伝わり、近年では昭和天皇の御大葬に演奏されました。

アンサンブル浮岳のプロフィル
深大寺聲明の会に集う音楽家集団。命名は深大寺張堂完俊住職。浮岳は深大寺の山号。

篳篥(ひちりき) :高桑 賢治 
東京藝術大学卒業。在学中に雅楽の授業を受け、卒業後雅楽篳篥全曲を東儀博氏より伝承を受ける。 他に薗広晴氏に左舞、多忠麿氏に左舞と合奏、芝祐靖氏に左舞と合奏をそれぞれ師事。 また芝孝祐氏より左舞「抜頭」の指導を受ける。個人的な演奏活動の他、東京楽所や皐月雅楽会の一員として、 国立劇場他数々の公演・CD録音等に出演。雅楽『桜韻』同人。各種同好会やカルチャーセンターの講師や 個人指導を通じて雅楽を広める活動にも携わっている。元東京藝術大学非常勤講師。

龍笛(りゅうてき):越後 眞美
東京藝術大学雅楽専攻卒業。川口智康氏に龍笛、田淵光子氏に左舞の手ほどきを受ける。 芝祐靖氏、芝孝祐氏に雅楽横笛、琵琶、歌、左舞を師事。個人的な活動として古典雅楽をアンサンブル、ソロで行う他、 現代曲でオーケストラやブラスバンド、ピアノ等と共演・録音。雅楽団体として伶楽舎、音輪会、東京楽所、皐月雅楽会、 東京藝術大学邦楽科等の国立劇場他の国内公演や欧米公演、録音に参加。雅楽『桜韻』同人。 2001年文化庁インターンシップ研修生。国立音楽大学、東京学芸大学非常勤講師。元東京藝術大学非常勤講師。

ヴァイオリン:渡邊 篤子
東京藝術大学音楽部器楽科卒業後、渡欧。パリ・エコール・ノルマルをプルミエプリで卒業。 ヨーロッパ各地でリサイタル、室内楽演奏会に出演する一方、ベルゲン交響楽団と武満 徹の作品をノルウエーで初演するなど、 現代作品も精力的に紹介している。フォンテンブロー市立コンセルヴァトワールを経て、国立フレンヌコンセルヴァトワール、 アニエール市立コンセルヴァトワールで教授を務め、若手ヴァイオリニストの指導・育成にあたる。

尺八:福田 輝久
中村梅山師より都山流尺八、宮田耕八師より琴古流尺八を学ぶ。 多くの作曲家と交わり現代音楽作品に触れる中、福田自身の吹き方を見出す。 “聖流尺八”と命名し、尺八という楽器の表現自在を目指す。 1980年半ばより尾崎敏之・内河弘之・伴幸也・角篤紀・金田潮兒・和泉耕二・土居克行・伴谷晃二各氏等と新作展を展開。 2002年在フランスの作曲家丹波明氏と出会い杵屋子邦と共に“邦楽聖会”を結成。丹波明氏を音楽監督に迎え、 以後東京・フランスを中心に演奏活動。そのテーマは“伝統と刷新”である。 フランスにおいてはパリ日本文化センター、グランパレ、トロネ音楽祭、日仏交流150周年記念公園(国際交流基金)など。 また近年は東アジア諸国の公演も盛んであり、中国音楽学院・南寧芸術学院より招聘、 香港政府主催リサイタル、韓国慶州東アジア管楽器音楽祭など。

三味線:杵屋 子邦
長唄を杵屋勝喜枝・杵屋勝八重・杵屋長光各師に師事、作曲家杵屋正邦師に現代三味線曲、細棹・中棹・太棹三味線の演奏法を学ぶ。  又、杵屋正邦作品の初演・放送・録音を数多く手掛ける。洋楽系作曲家とも交流し三味線音楽の領域を拡げてきた。 国立劇場主催公演、現音展、作曲家協議会展、また郷里北九州市響ホル邦楽展プロデュースなど。 2002年フランス在住の作曲家丹波明氏との出会いにより“邦楽聖会”を福田輝久と共に結成。東京・フランスにて公演活動を開始。

オンド・マルトノ: 原田 節
慶應義塾大学経済学部を卒業後渡仏、パリ国立高等音楽院オンド・マルトノ科を首席で卒業、 演奏家としての積極的な演奏活動を開始した。 特に20世紀を代表するフランスの作曲家故オリヴィエ・メシアン作曲「トゥランガリーラ交響曲」のソリストとしての演奏会は、 カーネギーホール、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座といった主要な劇場で20ヵ国250公演を超え、 同曲をオランダ王立コンセルトヘボー管と録音したCDはフランス・ディアパゾンドール賞を受賞するなど、 世界的な評価を確固たるものとしている。ピアノを遠山慶子女史、オンドマルトノを故ジャンヌ・ロリオに師事。 2014年9月にオペラ《白峯》に出演。2011年よりInterFM「Oh!BOY」でDJを担当

作曲家:丹波 明
1932年横浜生まれ。東京藝術大学作曲科卒業後、60年フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に入学し、 オリヴィエ・メシアンに師事。作曲で一等賞、リリー・ブランジェ賞、ディボンヌ・レ・バン賞等を受賞。 64〜67年フランス国立放送研究所にて「具体音楽」研究に従事。68年フランス国立科学研究所哲学科に入り、 98年主任研究員に就任。 70年以降、作曲、音楽学の二分野で活躍。録音はピアノ協奏曲「曼荼羅」、 チェロ協奏曲「オリオン」、弦楽四重奏「タタター」等。音楽学の分野では71年『能音楽の構造』 によりソルボンヌ大学より音楽博士号、日本翻訳家協会文化賞、84年『日本音楽理論とその美学』 により同大学よりフランス国家博士号を授与される。日本国内の著書には『創意と工夫』『「序破急」という美学』 (音楽之友社)がある。2012年、パリ在住50年の記念公演が行われ好評を博した。 2014年9月、京都・名古屋・東京においてオペラ《白峯》が上演される。

作曲家:角篤紀
福岡生。鹿児島大学で土壌学、武蔵野音楽大学で作曲を学ぶ。'99石井眞木氏と共に Music from Japan(MFJ)ゲスト作曲家として渡米、尺八「蓮魚」米初演。'02レイキャ ビク芸術祭招聘。国際交流基金助成を受ける。'07 MFJ招聘、琵琶「陽光の庭」米初演。 '09角の尺八作品群研究のため日米芸術家交換プログラムフェロー来日。同年ギメ美術 館で尺八「江織」仏初演。'10琵琶「篠ノ井」NHK放送初演。'13同「鴫立」日本・カナ ダ初演。'14尺八「譜暦」日仏初演。'15山形村清水寺で琵琶「五枚の古地図のための 組曲」初演。'08年から琵琶「聚の会」座付き作曲家を務める。

指揮:矢崎彦太郎
鎌倉生まれ。4才よりピアノを始め、上智大学数学科に学ぶも、音楽の志し捨てがたく、 同大学から東京芸術大学指揮科に再入学、金子登、渡邊暁雄、山田一雄各氏に指揮法を学ぶ。 '72年東京ユース・シンフォニー・オーケストラのスイス演奏旅行に指揮者として同行、 公演後ヨーロッパに留まる。'75年ボーンマス交響楽団定期演奏会を皮切りに本格的に指揮活動を開始。 '79年には東京交響楽団定期を指揮し日本にも本格的なデビューを果たす。 '94年よりフランス国立トゥールーズ室内管弦楽団主席客演指揮者、'00年よりバンコク交響楽団名誉指揮者を、 '02年より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団首席客演指揮者、'04年よりバンコク交響楽団音楽監督、 '05年よりヌサンタラ交響楽団(インドネシア)音楽監督を務める。長年にわたる日仏音楽交流への貢献に対し フランス政府より'08年2月には芸術文化勲章オフィシエを叙勲。パリ在住。

第二部 
聲明 …… 合行曼荼羅供(ごうぎょうまんだらく)
出仕 天台聲明音律研究会・深大寺院内
  張堂完俊 深大寺住職 (ヨーロッパ公演)
純快   深大寺院内 (ヨーロッパ公演)
   玄昌    〃
   芳俊    〃
   舜道    〃
   堯春    〃
   昌秀    〃
亮求@  福泉寺 (ヨーロッパ公演)
明衍   大円寺 (ヨーロッパ公演)
信晃   東光院 (ヨーロッパ公演)
四智梵語讃(入堂讃)しちぼんごさん (にゅうどうさん)
   梵語による仏の四智(大円鏡智,平等性智,妙観察智,成所作智)をたたえる曲
四智漢語讃(着座讃)しちかんごさん(ちゃくざさん)四智梵語讃の漢訳の曲
唄匿 ばいのく (云何唄 うんばがい) 
  唄伝されている僧侶しか唱えられない天台聲明の秘曲の一つ。「いかにすればこの経により悟りの境地に達することができるの
  か、願わくは一同のために、秘密の教えを開いて広く説いてください」という、修行者から仏への祈りが込められています。
散華 さんげ
  寺院ではいろいろな法要を営むとき、仏さまをお迎えする道場を清浄(しょうじょう) にして、諸々の仏さまを讃歎(さん
  だん)
し、供養するために花が撒かれます。これを散華といいます。
対楊 たいよう 
  二箇法要 (にかほうよう) の散華 (さんげ) に付随する曲。教会音楽のカノンと似る。 原義は応対・称揚することで、唱え方
  は,先唱者が一句を唱え、所定の位置までくると全員がその句の冒頭から唱えるという「次第取り」の方法で一句ごとに礼拝
  を行う。
表白 ひょうびゃく
  法会 (ほうえ) に際し、その趣旨や所願を本尊に対して表明するものです。三つの部分から成り、 初めに本尊聖衆などの三宝
  (さんぼう) への帰依を表わし、次に法会や作法のおもな対象やその徳を講讃し、最後に行者の意志や祈願を述べる。
供養文 くようもん   唱礼師が漢音でほとんど独唱する。
唱禮 しょうれい 四方の四仏や一切の仏菩薩の名を唱え恭敬礼拝する。
驚覚真言 きょうがくしんごん  驚覚とは迷いと煩悩に染まる人間を仏の道へと目覚めさせること。導師が印を結ん で独唱。
九方便 くほうべん 
  九方便とは胎蔵界の懺悔の頌に九種あることから、こう名付けられ
  ました。菩薩の行願であり、仏道を成ずる方便です。拍子の曲で今
  回は三種のみ唱う。
五大願 ごだいがん 菩薩が仏道を求めるときに最初にたてた五つの誓
  い。導師の独唱曲。
大讃 だいさん  
  胎蔵界曼荼羅の本尊讃で大日讃ともいう。九方便において延拍子が
  使用されているが、大讃にもこの延拍子(シンコペーション)がしば
  しば現れて拍子の正規的な進行を意図的に乱した作譜がなされてい
  る。
百八讃 ひゃくはちさん
  金剛界曼荼羅の根本成身会の百八尊の仏名を唱誦してその徳を讃嘆する曲。 序破急の三段の区分の明確な曲の代表的なもの。
甲四智 こうしち
  四智梵語讃乙様に対し同文の甲様の曲で、この曲は修法の終わりころに演奏されるので破曲調の略節で早く演奏される。
回向方便 えこうほうべん
   回向というのは、法蔵菩薩が集められたすべての功徳を、一切衆生に与えてすべての人を仏の悟りに向かわしめ給うこと。
  方便の原義は近づく,到達するの意。仏陀が衆生を導くために用いる方法,手段,あるいは真実に近づくための準備的な修行な
  どをいう。
随方回向 ずいほうえこう 全ての法界に供養回向、導師が独唱する偈文で音用はない。
般若心経 はんにゃしんぎょう
退堂讃 たいどうさん  入堂の時に誦した四智梵語讃を唱誦し終讃という。

冬の響き、冬の輝き
 年の瀬。4カ月ぶりに東京・調布の深大寺山門をくぐる。慌ただしい歳末の喧騒をよそに、閑静な境内は木立に囲まれて日溜まりになっている。 11月後半から2月中旬まで、厚い雲が低く垂れて陽の目に逢うことが稀なパリでは想像できない冬景色だ。
明るい光が射し込む本堂に入ると、原田節氏がオンド・マルトノの調整に余念がない。
オンド・マルトノはフランスのモーリス・マルトノが発明して、1928年に公開された電子鍵盤楽器。 マルトノはラヴェル、イベール等と同じく、ジュダルジュ門下の作曲家でもあった。
伝統的な弦・管楽器にない特異な音色や音程を微妙に変化させることが可能で、内部に弦を張ったりシンバルを吊るす 細工を施した数種のスピーカーを使うから、電気的な音だけでなく、人の声かと粉う有機的で肌触りの良い音も奏でられる。
パリ国立音楽院にはオンド・マルトノ科があり、ミヨー、オネゲル、ジョリヴェ、メシアン等フランス近・現代作曲家が好んでこの楽器を用いている。
本堂の木造空間がもたらす柔らかで明瞭に響く自然な音響特性は、ニュアンスに富んだ温もりのある電子音と見事にマッチしている。
深大寺天台聲明は昨年9月にジュネーブとパリで海外公演を成功裡に終えた。 この公演に尽力のあったフランス在住の作曲家丹波明氏とプロデュースされた大西信也氏は、楽劇〈白峯〉以来の名コンビ。
2014年9月21日の京都・白峯神宮に於ける崇徳天皇八百五十年祭で〈白峯〉奉納初演の指揮を執ったので私も仲間に加えて戴き、 海外公演出発前に壮行会公開リハーサルを聴いた。
今回の帰国演奏会は第一部を丹波氏や深大寺にゆかりのある人の演奏ということで原田氏の他、 尺八の福田輝久氏と三味線の杵屋子邦氏による丹波氏の〈音の干渉〉、篳篥の高桑賢治氏と龍笛の越後眞美氏による〈白柱〉に加えて、 ヴァイオリンニストの家内も吉田進氏の〈木霊〉とバッハのソナタ第一番より〈アダージョ〉を弾いた。

 休憩を挟んで第二部の聲明が始まると、堂内の雰囲気はがらりと変わって内省的な空気が張り詰めた。
張堂完俊ご住職率いる骨太な唱和は御簾を震わせ、黄昏時の迫り来る闇の中に灯明台の焔が揺れて、密教的な色彩をいやが上にも高める。 〈合曼荼羅供〉は一時間を越す壮麗な大曲で、聲明の醍醐味を満喫した。
                                          矢崎彦太郎(指揮者)   丸善「學燈」春号 ――音を編む

―― 感想をお寄せいただきました
 多くの植物が休眠する季節、コバルトブルーの空に対比して、ツアブキのカッキリした黄色が目にしみます。
 この度は「深大寺 天台声明の会」へお招き頂きありがとうございました。大変素晴らしい企画で、声明を聴くだけでも贅沢なのに、 聴きごたえのある演奏の数々、よくこのようなメンバーが集まったものだと驚きました。
 「音の干渉」の尺八、三味線。これまでも尺八や三味線の演奏は聴くことがありましたが、 このように幅のある変化に富んだ演奏は初めて聴きました。これほど変化を持った演奏ができる楽器は、 西洋には無いのではないかと思いながら聴いていました。
 ところが、「木霊」でまたビックリ。ヴァイオリンもすごいですね。技巧の変化だけでなく、演奏の気迫に圧倒されました。 それは聴きなれたバッハのソナタ第一番でも同様。時に不協和音とも思える旋律が緊迫した状態でガンガン進み、背筋の緩むことがありませんでした。
  オンド・マルトノ。この珍しい演奏を再び聴けるとは。しかも間近にこの楽器の単独の演奏を。 導入部は水琴窟のような深く染入る響きでした。続いてチェロのような音色の旋律が流れ、演奏に先立っての解説をなるほどと得心した次第です。
 「盤渉調 音取」75年も生きてきたのに全く聞いたこともない日本語はあるものですね。 他の季節の「調」と言葉の由来も知りたいものです。小学生の頃から12音階で教育されてきた耳には雅楽はなかなかすんなり入ってこないのですが、 このように間近に演奏を聴いていると、遠い昔から引き継いできた遺伝子が打ち震えるように感じます。 この感性は今後の私の制作の根底に置いてもいいように思われます。
 第一部に通底する主題は自然の一部としての人間の在り方と受け止めました。私たちの活動の一つに「ブナの森の会」があります。 夏休みに「森の学校」を企画し、そのプログラムの一つは『森を感じよう』です。森の中に入って一人ひとりそれぞれに散り、 一定の時間無言ですごします。この企画は子供たちにも好評で、五感の全てで森を感じている様子が感想文からうかがえます。 自然に寄り添う生活の大切さを強く感じます。

 さて、お待ちかねの声明。前段のご住職のお話しさすがですね。ユーモアたっぷりで伝えたいことをきちんと伝える。このような方の法話なら聞いてみたいですね。 法話と言えば家内が帰り道こんなことを話していました。幼いころおばあちゃんにくっついてお寺に法話を聞きに行くのが楽しみだった。 6人兄弟でいつも私だけがくっついていった。
 家内は今回の声明を聴くことを私以上に楽しみにしていました。幼少期を富山で過ごした家内にとって、 声明の韻律は五体の深奥まで染み込むもののようです。私はグレゴリオ聖歌を思っていましたが、 言葉の意味がわかればこれはグレゴリオ聖歌の比ではないほどの文化ですね。
 御簾越しの視覚的な効果、5時の鐘の音も計算に入っているのでしょうね。暮れ行く障子の影、きらびやかな天蓋、力強い読経、立ち振る舞い、身じろぎもしない聴衆。すべて見事なアンサンブルでした。 大西さんの語りもアットホームでよかったです。それぞれの演奏についての説明も理解の助けになりました。
  2015年12月23日                     三浦利文(画家・元桐朋短期大学学長)




第3回2016.10.30 音楽法要「六道講式」
 恵心僧都源信一千年御遠忌のための委嘱作 ―初演―

作曲  角 篤紀
指揮  矢崎彦太郎
演奏  ◆ 聲明  天台聲明音律研究会 深大寺院内 
    ◆アンサンブル浮岳
     ヴァイオリン 渡邊篤子   尺八 福田輝久
     篳篥 桑賢治       三味線 杵屋子邦
     龍笛 越後眞美       オンドマルトノ 原田 節








深大寺の歴史と源信さんの『往生要集』
   「六道講式」の楽譜
1 深大寺と法相宗
深大寺は満功(まんぐう)上人によって開かれました。父福満が恋仲の娘との結婚を(玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の砂漠での難を 深沙大王(じんじゃだいおう)が救ったとの故事から)深沙大王に祈願して許され、やがて生まれたのが満功上人でした。 長じて、父福満の宿願を果すために上人は出家し、南都に法相(ほっそう)を学び、帰郷後この地に堂を建て深沙大王を祀られます。 時に天平五年(733)とのことです。(深大寺ホームページより)
法相宗は、玄奘(600-664)を祖とし、その弟子・基(き)(632-682)によって大成された、 唯識(存在は識すなわち心のはたらきによって現出するという見解)系の理論に基づく宗派のことです。 (武田浩学 現代日本語訳「親鸞教行信証」語彙解説 60頁)
飛鳥時代、道昭(どうしょう)(629〜700)は、唐に渡り(653〜660)玄奘から直接法相宗の教理を学び日本に伝えます。 元興寺(=飛鳥寺)の東南隅に禅院を建て、各地へ赴き井戸を掘り、橋を架ける等をして、民衆に仏教を教化する活動を行ったとされています。 道昭は行基(668〜749)の師です。日本最古の寺院・飛鳥寺も、また奈良の薬師寺・興福寺も法相宗です。
深大寺の境内西方の釈迦堂には伝来が謎の倚座(いざ)の釈迦如来像 が奉安されています。薬師寺金堂の薬師三尊像、同東院堂の 聖観音立像と並んで白鳳仏の代表として有名です。仏教は 538年欽明天皇(聖徳太子の祖父) の時代、初瀬川(大和川の上流) のほとりの金刺宮(かなさしのみや)(奈良県桜井市)に百済から伝えられます。 その50年後(太子14歳)飛鳥寺の造営がはじまります。さら にその65年後、24歳の若き道昭が玄奘に学ぶべく唐に渡ります。玄奘は満功上人の伝説でも深大寺とつながっています。 因みにあとで出てきます源信さんは大和川を3里ほど下った法隆寺近くの当麻でお生まれになりました。

2 法相宗より天台宗へ 
日本の天台宗は平安時代初期(806年)最澄によってはじめられます。清和天皇の貞観年中(860年頃) 、 武蔵の国司・蔵宗(くらむね)の乱が起き、降伏祈念のため、比叡山恵亮和尚(えりょうかしょう)が勅命をうけ東国に来られました。 深大寺は天平寶字年間(758〜764)に淳仁天皇より「浮岳山深大寺」の勅額を賜って以来、大般若転読を永式 と定める鎮護国家の道場であり、和尚はここ深大寺を道場に定め、降伏の密教修法を行ない、平定の功により天皇から近隣七ヶ村と深大寺を賜りました。 深大寺は法相宗から天台宗に変わり、開山堂には、満功上人と恵亮和尚のお二人の祖師像が祀られています。 さらに平安中期、正暦二年(991)第十八代天台座主・元三大師(がんざんだいし)良源(りょうげん)の自刻像が、 大師の高弟である慈忍(じにん)和尚、恵心僧都(えしんそうず)両師の意を受けた寛印(かんいん)により遥か比叡山より深大寺に遷座されました。 現在の座主は257代目です。良源さんは、比叡山の伽藍の復興、天台教学の興隆、山内の規律の維持など、様々な功績から、延暦寺中興の祖として尊ばれ、 弟子も多く、中でも『往生要集』の源信は著名です。

3 天台浄土教のこと 
本堂の宝冠阿弥陀如来は恵心僧都作と伝えられています。 ご承知の通り阿弥陀さんは西方浄土の教主です。宝冠は仏の 五智の一つの妙観察智(みょうかんさっち)を表し密教系の阿弥陀如来像だそう です。五智とは、法界体性智(ほっかいたいしょうち)、大円鏡智(だいえんきょうち)、 平等性智(びょうどうしょうち)、妙観察智(みょうかんさっち)、成所作智(せいしょさち)のことです。こうして深大寺は法相から天台 へ、そして天台浄土教へと時代の流れを自然に受け入れてこ られたように思います。


4『往生要集』について
『往生要集』は大変な書物です。20年前一度読んでいます
が今回改めて読んでみて様々なことを学びました。読み始めてまず気づいたことは源信さんの 大学者としての真摯な姿勢です。ご自分の文章の出典をいちいち明らかにされていることでした。 そこでまず出典の経典、論著を調べました。このリーフレットの枠に書き入れましたが、 経典は出てきた順番に。論著はインド、中国、朝鮮、日本の古い順。更に、重要な役割を果たした西域の訳経僧です。 訳経僧の人たちのご苦労なくして中国に仏教が伝わらず、そして日本へも。感謝、感謝です。 こうした基礎作業で仏教の大きな流れと偉大な先人の業績を大づかみに理解できました。お経は97点。先人は30人でした。 97点のお経と30人先人の一覧表を最後に挙げておきます。源信さんの偉大さが想像できるとおもいます。

本文を読むうちにお経と先人の位置と役割が薄っすらと見えてきました。 お経では阿弥陀経、法華経、華厳経、涅槃経、大般若経、先人では竜樹(りゅうじゅ)さんが特別の 存在であることが分かりました。源信さんは「竜樹尊に帰命(きみょう)したてまつる わが心の願を証成(しょうじょう)したまへ」 とまで告白しておられます。 竜樹さんの大智度論、中論が仏教の世界観、宇宙観、方法論の根本になっているようです。 世界観・宇宙観には満天の星をはじめ、ガンジス川、ヒマラヤ山脈などインドの風土が色濃く反映されていると思いました。 時間と空間のスケールが並外れています。
日本の仏教の受容は法相、華厳、天台・真言、浄土、禅宗ですが、中国での興隆は必ずしもそうではありません。 むしろ浄土教が一番古いです。『往生要集』は苦しみを繰り返す六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六界のこと) の記述から始まり、死後の憧れの世界・浄土の描写、それに至る修行、戒律で表現される倫理、臨終の意思の重さ、 特に源信さんは聖人、僧侶だけでなく凡人も、更には極悪の犯罪者も最期に念仏を十遍唱えれば極楽浄土に往生できることを、 お釈迦さんの教え、竜樹さんはじめ先人の論著に依拠して説いておられます。
時の最高権力者・藤原道長もこの教えに帰依し宇治の平等院につながります。
祇園精舎の鐘の声ではじまる 『平家物語』は国民的文学となっています。浄土教はその後、法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗を生み出し、 仏教が民衆の中に入り日本人の精神文化の支柱になっていきます。能はまさしくその華だとおもいます。読んでいて驚くことが沢山ありました。
「諸行は無常なり これ生滅の法なり 生滅の滅し已(おわ)れば 寂滅(じゃくめつ)を楽しとなす」 これは「いろは にほへど」のいろは歌の原形といわれている涅槃経の一節です。 六道講式に出てくる十二礼(じゅうにらい)は竜樹さんの偈(げ)(仏の功徳をほめたたえる詩)であることもわかりました。 十二礼の終わり方の基本は「故我頂礼(こがちょうらい)弥陀尊(みだそん)」ですが、 最後だけ「願共衆生(がんぐしゅじょう)生彼国(しょうひこく)」となって衆生と共に極楽浄土に生まれたい、 という大乗の精神が竜樹さんの終局の目標となっています。
万葉集にお釈迦さんの教えが出てきます。「釈迦如来、金口(こにく)に正に説き給はく、 等しく衆生を思ふこと、ラゴラ(お釈迦さんの実子)の如しといへり」(金光明最勝王経) 「瓜食めば子等思ほゆ」の山上憶良(660〜733)の歌の序です。
また赤染衛門の栄花物語は道長の臨終のさまを「仏の相好にあらずより外の色を 見むとおぼしめさず、…後生の事より外の事をおぼしめさず。…」と、『往生要集』 の「臨終の行儀」の教えをそのまま書いています。
音楽に関して言えば地獄は阿鼻叫喚で音楽どころではないですが、浄土は美しい花、鳥の鳴き声とともに音楽、舞の世界です。
ここ深大寺の本堂はまさしく浄土の再現ですね。天台宗の根本経典・法華経には 「歓喜の心を以て 歌唄(かばい)して仏の徳を頌(しょう)し 乃至(ないし)一小音もてせるも  皆已(すで)に仏道を成(じょう)ぜり」とあります。今日の音楽法要はまさにこの瞬間ですね。
源信さんは中国の天台宗の総本山から日本小釈迦源信如来と、また親鸞さんからは源信大師と尊称されています。
『往生要集』の文学・絵画への影響はよく語られていますが、のちの時代に富士講、伊勢講にまで発展する 源信さんの一結一心の「講」の社会的影響も重要だとおもいました。源信さんを知れば知るほど深い感謝の念を禁じえません。
今日みなさんは源信さんのご供養のためにここにお出でくださっています。既に阿弥陀さんの元にいらっしゃいます源信さんも、 千年後にこのように供養されることを大変よろこばれているとおもいます。きょうの法要は六道講式でおこなわれますが、 京都・佛書林 芝金聲堂発行の『二十五三昧式』にすばらしい解説があります。
「六道講式」は、寛和2年(986)日本念仏門の始祖・恵心僧都源信(942〜1017)が、 阿弥陀仏の本願に縋(すが)って生死苦穢の六道を厭離して、極楽往生を確立せんがために作られ 「二十五三昧式」の中に組みこんで一つの法要儀式として完成された。 この「六道講式」を唱えていると、昔の民衆が末法感におののき、荒れすさぶ生活苦の嵐の中に、 地獄を見、餓鬼を見、極楽浄土をあこがれた心情が切々と伝わってくる。時代は変わっても、 六道に輪廻し、その苦悩にあえぐ人間の姿に変わりは無い。「自他共に同じく得益し、彼此同じく浄土に生ぜん」 ことを希い「無差平等の心」に住することを、肝に銘ずることこそ、「六道講式」を末永く 伝え唱えさせて頂く真の意義といわねばなるまい。                      比叡山 薬樹院 即真尊雨龍(つくま そんのう)
因みに深大寺では毎月「六道講式」を上げておられるということです。このことを張堂完俊ご住職からうかがったときは驚きました。 人知れず人々のしあわせを願っておられることを知って頭がさがりました。
                                          2016年10月30日大西信也

97点のお経と30人先人の一覧表
正法念経(しょうぼうねんぎょう)▼ 優婆塞戒経(うばそくかいきょう)▼ 観仏三昧(かんぶつざんまい)経▼ 六波羅蜜経(ろっぱらみつぎょう)▼涅槃経(ねはんぎょう)▼宝積経(ほうしゃくぎょう) ▼禅経 ・次第禅門 ▼僧伽た経(そうぎゃたぎょう)▼ 大般若経 ▼出曜経(しゅつようぎょう)▼ 摩耶経(まやぎょう) ▼罪業応報経(ざいごうおうほうぎょう) ▼ 法句臂喩(ほっくひゆ)経 ▼大集経 ▼雑阿含経 ▼法華経▼ 仁王経(にんのうぎょう)▼ 金剛経 ▼観無量寿経▼ 平等覚経 ▼無量寿経▼ 阿弥陀経▼ 称賛浄土経▼ 思惟(しゅい)経 ▼十往生経▼ 心地観経(しんじかんぎょう) ▼ 華厳経 ▼文殊般涅槃経▼ 上生経 ▼虚空蔵経▼ 仏名(ぶつみょう)経 ▼思益(しやく)経▼ 十輪経(じゅうりんきょう)▼ 弘猛海慧経(ぐみょうかいえきょう) ▼請(しょう)観音経 ▼鼓音声(くおんじょう)経 ▼称揚諸仏功徳経(しょうようしょぶつくどくぎょう) ▼ 発覚浄心経 ▼薬師経 ▼般舟(はんじゅう)三昧経▼ 目連所問経(もくれんしょもんぎょう) ▼三千仏名(ぶつみょう)経 ▼無字宝篋経(ほうきょうぎょう) ▼ 千手陀羅尼経▼ 十一面経▼ 不空羂索経 ▼如意輪経 ▼随求(ずいぐ)経 ▼尊勝経 ▼無垢浄光経 ▼随願往生経▼ 大悲経(だいひぎょう) ▼ 荘厳菩提心経(しょうごんぼだいしんぎょう) ▼諸法無行経 ▼法句経(ほっくぎょう) ▼因果経 ▼浄名経 ▼無上依経(むじょうえききょう) ▼ 仏蔵経(ぶつぞうきょう) ▼宝梁経 ▼如来秘密蔵経 ▼出生菩提心経(しゅっしょうぼだいしんぎょう) ▼報恩経 ▼金光明(こんこうみょう)経 ▼ 般若心経 ▼念珠功徳経 ▼木?経(もくげんきょう) ▼首楞厳三昧経(しゅりょうごんざんまいきょう) ▼維摩経(ゆいまきょう)▼ 大集念仏三昧経 ▼喩喩経(ひゆぎょう) ▼占察(せんざつ)経 ▼度諸仏境界(どしょぶつきょうがい)経 ▼遺教経(ゆいきょうぎょう)▼ 遺日摩尼(ゆいにちまに)経 ▼菩薩処胎経(ぼさつしょたいぎょう) ▼決定毘尼経(けつじょうびにきょう) ▼弥勒菩薩本願経(ほんがんきょう)▼ 惟無三昧経▼ 浄度三昧経 ▼観念門 ▼大集賢護経(だいしゅうけんごきょう) ▼大円覚(えんがく)経(ぎょう) ▼ 普曜(ふよう)経 ▼護身呪(ごしんじゅ)経 ▼十二仏名経 ▼阿?力(あろりき)経 ▼大阿弥陀経▼ 弥勒問経(みろくもんぎょう) ▼ 観音授記経(かんのんじゅきぎょう) ▼金剛般若経▼ 陀羅尼集経(だらにじつきょう) ▼那先比丘(なせんびく)問仏経 ▼ 梵網(ぼんもう)経 ▼十往生経 ▼ 大乗同性経

【インド】馬鳴(めみょう) 大乗起信論▼竜樹(2世紀)大知度論 中論 十住毘婆沙(じゅうじゅうびばしゃ)論 ▼唯識派の開祖・ 弥勒(3世紀〜4世紀)荘厳論 瑜伽(ゆが)論▼無著 摂(しょう)大乗論 雑集論 金剛般若論 ▼世親 ?舎論 浄土論 往生論▼護法 唯識論(世親「唯識三十頌(じゅ)」の注釈書)▼ 訶梨跋摩(かりばつま)成実(じょうじつ)論
【中国】慧遠和尚(えおんかしょう) 観経義記▼曇鸞(どんらん)(476〜542)往生論註 ▼天台宗開祖智(ちぎ)(538〜597)浄土十疑論 次第禅門 摩訶止観▼道綽(どうしゃく) 安楽集(「論註」に依拠) ▼法相宗の祖・玄奘(602〜664)大唐西域記▼玄奘の弟子・慈恩大師窺基(きき) 西方要訣 丈夫論 ▼善導(ぜんどう) 往生礼賛偈 観念法門 観無量寿経疏(凡夫の往生)▼善導の弟子・懐感(えかん) 釈浄土 群議論 ▼迦才(かざい) 浄土論(五濁の凡夫の往生)瑞応伝▼唐律宗・道世 諸経要集▼教学の大成者・法蔵(643〜712)華厳経探玄記
【新羅】華厳学者・元暁(がんぎょう)(617〜686)遊心安楽道 ▼m興(きょうごう) 無量寿経連義述文賛 ▼ 玄一 無量寿経記 ▼法相と華厳を承ける義寂 無量寿経述義記
【日本】奈良時代三論宗の学匠 智光法師 往生論の注釈 ▼円珍(智証大師)授決集▼ 慶滋保胤(よししげのやすたね) 日本往生極楽記
【訳経僧】支婁迦(しるか)(2世紀中葉)西域出身 浄土教経典 最初の翻訳 般舟三昧経 ▼法護(239〜316)無量寿経▼康僧鎧(こうそうがい) (3世紀中葉)中央アジアの人 無量寿経 大宝積経 ▼鳩摩羅什(344〜413)西域の人二大訳聖の一人 小阿弥陀経 十住毘婆沙論 成実論 ▼覚賢(かくけん)(359〜429) 北インドの人▼ ?良耶舎(きょうりょうやしゃ)(382〜443)西域出身 観無量寿経 ▼菩提流支(ぼだいるし)(〜527)北インドの人 道綽は中国浄土教の祖とみている。 浄土論 ▼玄奘(602〜664)鳩摩羅什と共に二大訳聖 瑜伽論 大般若経 般若心経


 

第4回2017.5.20  国宝指定慶讃法会  

      聲 明 と 雅 楽 
―― 次 第 ――
1 「壱越調音取(いちこつちょうのねとり)
―音取とは音合わせを短い曲に整えたものです。これから演奏する調の雰囲気作りをします。 雅楽には六つの調があり、壱越調はその一つです。

2 「十天楽(じってんらく)
― 聖武天皇の御代(8世紀前半)、東大寺講堂供養の日に十人の天人が空から下って花を供えたので、 宣旨により笛の常世乙魚(つねよのおとうお)が作曲した曲との事です。古来、法会(ほうえ)でよく演奏された、ゆったりとした曲です。

3 「四智梵語讃(しちぼんごのさん)」(入堂)
― 梵語による仏の四智(大円鏡智(だいえんきょうち)、平等性智(びょうどうしょうち)、 妙観察智(みょうかんざっち)、 成所作智(せいしょさち))を讃える曲です。

4 「云可唄(うんがばい)」琵琶筝(びわこと)付き
― 唄伝されている僧侶しか唱えられない天台聲明の秘曲の一つです。伸びやかな唄の旋律に 雅楽古典の弾き方で厳かに琵琶と筝を添わせてみました。

5 「散華(さんげ)」付楽(つけがく)「春楊柳(しゅんようりゅう)
― 寺院ではいろいろな法要を営むとき、仏さまをお迎えする道場を清浄にして、諸々の仏さまを讃歎(さんだん)し、 供養するために花が撒かれます。これを散華といいます。
付楽「春楊柳」は作者や由来の詳細は不明ですが、題名の通り柳が風に揺れるようなたおやかな曲調です。今回は声明の「散華」に並奏しますが、 互いに別の旋律なのに不思議と雰囲気が合います。古来「散華」には付楽(声明の旋律には添わずに雅楽曲を並 奏する事)を奏する慣例があり、今回はその形で演奏します。

6 「対揚(たいよう)
―散華に付随する曲で教会音楽のカノンと似ています。原義は応対・称揚することで、唱え方は先唱者が一句を唱え、 所定の位置までくると全員がその句の冒頭から唱えるという「次第取り」の方法で、一句ごとに礼拝を行います。

7 「表白(ひょうびゃく)」笙(しょう) 朗詠「嘉辰(かしん)」の付物(つけもの)
― 法会(ほうえ) に際し、その趣旨や所願を本尊に対して表明するものです。三つの部分から成り、 初めに本尊聖衆(しょうじゅ)などの三宝(さんぼう)の帰依を表わし、次に法会や作法のおもな対象やその徳を講讃し、 最後に行者の意志や祈願を述べます。付物(歌の旋律に添った静かな管楽器の伴奏)は笙のみで行います。
曲は朗詠の「嘉辰」です。これは慶事に歌われる曲で、今回は深大寺白鳳仏の国宝指定をお祝いしこの曲を選びました。 朗詠とは漢詩に旋律を付けた雅楽の歌物で、嘉辰の詞は“嘉辰令月(かしんれいげつ) 歓無極(かんむきょく)  萬歳千秋(ばんぜいせんしう) 楽未央(らくびよう)”(作:謝偃(しゃえん))というものです。

8 「百字讃(ひゃくじさん)
― 本尊の加護によって行者の心と身体をさとりにむけて堅固にしてゆき、一切の所願を速やかに成就せしめる百字から成る咒(しゅ)です。 梵語で唄われますが意味は次のようなものです。      咒(しゅ):梵語のマントラ(祈りのことば)の訳
「比類なく揺るぎない悟りを開ける者よ、願わくば私を守護してください。どうか私も同じように揺るがぬ心を持ち、 歓喜の日々が送れますように。また、私の様々な行いが等しく成就して、この心が安んじられるよう、お力を貸してください。 すべてのみ仏たちよ、どうか私を見捨てずに、あなたと同じように、比類なく揺るがぬ身にしてくださいますよう、 心からあなたに帰依したてまつります。」

9 「百八讃(ひゃくはちさん)」付物(つけもの) 笙(しょう)・篳篥(ひちりき) ・龍笛(りゅうてき)
― 金剛曼荼羅に描かれている百八の諸尊を讃える咒(しゅ)です。百八尊の内訳は、 曼荼羅の中心に描かれている五仏、四波羅蜜菩薩(しはらみつ)、十六大菩薩、十二供養、賢劫(けんごう)十六尊、 外金剛部(げこんごうぶ)二十天、五頂輪王、十六執(しゅう)金剛、十波羅蜜、地水火風の四天です。   
サタンバ・バシリなもそとて ダルマ・バシリなもそとて バサラ・ケンダなもそとて
等々百八尊が次々読み上げられ、それぞれの尊者に、あなたに帰依しますの梵語「なもそとて」(namo stute)と唱えられます。
因みにバシリ、バサラは金剛の意味です。
雅楽は、明るく賑やかな百八讃の旋律に添って付物(つけもの)として管楽器で更に盛り上げ、法会は終盤を迎えます。

10「四智梵語讃(しちぼんごのさん)」(退堂)
― 雅楽で「長慶子(ちょうげいし)」を演奏します。 雅楽の名手源博雅(みなもとのひろまさ)の作とされている小品です。古来、様々な儀式・行事の退出に演奏されてきました。 明るく華やかな名曲です。  (声明解説:張堂興昭 / 雅楽解説:桑賢治)

 十二礼
国宝指定慶讃法会の表白
謹ミ敬テ 真言教主 理智不二九品引接(くぼんいんじょう)弥陀種覚(しゅがく) 観音勢至諸大薩? 乃至仏眼所照(ぶつげんしょしょう) 一切ノ三宝曰言(もうしてもうさく)
方今(まさにいま)
浮岳山深大寺此ノ道場ニ於テ奉安スル 金銅釈迦如来倚像ノ国宝指定ヲ慶讃シ奉ツリ  院内法縁並ビニ アンサンブル浮岳雅楽会一統 曼荼供養ノ梵筵(ぼんえん)ヲ催シテ 仏祖ノ恩沢報謝ノ懇念ヲ捧ゲル事有リ
其ノ旨趣(ししゅ)如何トナレバ
夫レ仏意(ぶつち)ニ適ウノ勝用(しょゆう)ハ瑜伽(ゆが)三密ノ秘法ニ如無 (しくはな)
加被(かび)ヲ念ズルノ功力(くりき)ハ仏徳(ぶっとく)讃嘆ノ歌唄(かばい)ニ越エタルハ無シ
恭シク惟(おもん)ミレバ
霊山(りょうぜん)教主釈迦牟尼世尊ハ樹下(じゅげ)ノ禅定ニ大覚ヲ証シ
鹿苑ニ法輪ヲ転ジテ法界群生(ほうかいぐんじょう)ヲ済度シ
霊山会場(りょうぜんえじょう)ニ現前シテハ慈教ヲ宣ベ  直至(じきし)道場ノ妙法ヲ示シ給フ
末世ノ倫(ともが)ラ焉(いずくん)ゾ娑婆出世ノ本懐ヲ景仰(けいごう)セザラム 誠ナル哉
奉安ノ釈迦如来像ハ 飛鳥時代後期ノ御作(おんさく)
往古(おうこ)法相時代ノ本尊ト伝ヘ 近時ハ白鳳三仏ノ白眉ト称讃サレ
(まこと)ニ瞻仰(せんごう)ノ至リニ堪エン
加之(しかのみならず)
明治四十二年偶(たま)サカニ碩学ノ見イズルトコロトナリ
東国ニ類ナキ古仏トシテ大正二年旧国宝ニ指定サル
大正十一年十月ニハ摂政宮ノ台覧(たいらん)ヲ仰ギ
東都ノ知識人ハ物心両面ノ誠ヲ至シテ護持シ
殊ニハ昭和七年当代随一ノ工芸家ノ厨子仏具一式ヲ寄進
今調布市ノ有形文化財ノ指定ヲ受ク
以茲(ここをもって)大戦後ノ昭和二十五年文化財保護法ニヨリ重要文化財トシテ今日迄褒称(ほうしょう)サレルモ 此ニ詢(まこと)ニ有難ク新タニ栄アル国宝ノ尊格ヲ附与サレン
当山ノ壱千参百年ヲ閲(けみ)セントスル寺歴ノ光輝之レヨリ熾(さか)ンナクハナク
緇素(しそ)ノ尊崇(そんすう)ヲ聚(あつ)メン
庶幾(こいねがわ)クハ 降臨ノ諸仏諸尊霊験ヲ顕シテ仏国土ヲ浄メ給ヒ
一会(いちえ)真俗ハ直(たちま)チニ仏性ヲ開ヒテ菩提心を発(おこ)サンコト ヲ乃至法界利益周辺
                            了        


第5回2017.10.29 白鳳仏国宝指定慶讃法会

銅造釈迦如来倚像(いぞう)国宝指定慶讃法会  聲明とオンド・マルトノ

オンド・マルトノ演奏 委嘱作品「白鳳讃」作曲原田 節(たかし)

声明の会の世話人の大西と申します。今日は足元の悪いなか、お出でいただきありがとうございます。 ことし3月、深大寺の白鳳仏さんが国宝になられ、大変おめでたいことでよろこんでいます。
釈迦堂の白鳳仏さんの前に立ってじっと眺めて、考えていますと何とも言えないしあわせな気持ちになります。 この姿と表情を作り出された仏師の方が何を思ってお作りになったのかと、思いを遥か1350年前の明日香の地に巡らします。
明日香でお生まれになられた白鳳仏さんが今、東京の深大寺にいらっしゃいます。 実は私の故郷も明日香の近くです。そしてたまたま私もここに居ます。不思議なご縁です。
私は白鳳仏さんから人間の永遠の理想の姿を感じています。 そして今日演奏していただくオンド・マルトノという楽器の響きにも同じような永遠性を感じています。
白鳳仏さんが国宝になられたときから、白鳳仏さんのための音楽が欲しいとおもうようになりました。 それを決定づけたのが、原田タカシ先生が5月、静岡の浜松で演奏されたメシアンの「美しき水の祭典」を聞いた時でした。
この曲でメシアンさんは水の永遠性を表現されていたようです。私は原田先生に白鳳仏さんの永遠性を表現するオンド・マルトノの 曲を作っていただけないかとおもいました。
そしてご住職にご相談しました。もちろん大賛成でタイトルも「白鳳讃」とつけてくださり、作曲を原田先生にお願い致しました。 こうして今日みなさんと一緒に聞けるようになりました。
チラシの画は奥様のハラダ・チエさんが描いてくださいました。 人間味あふれる、ほっとする、しかも尊い白鳳仏さんの雰囲気そのものです。 プログラムの裏面は、国宝になられた白鳳仏さんが上野の博物館から帰って来られた奉迎式のときのご住職の祭文とその日の写真です。
祭文は今日のように人の目に触れることはありませんが、ご住職に特別にお願いして載せさせていただきました。 あとで家に帰られたら、ゆっくり聲を出してお読みになってください。音楽を感じご住職の白鳳仏さんへのお気持ちがよく伝わってくるとおもいます。
                深大寺・声明の会世話人 大西信也

混沌とした宇宙の彼方からやがて一筋の光が顕れ
次第に沢山の異なった精神が形成される
そして天上の鳥たちがそれぞれに歌い
人々の心は至福のハーモニーとなり 再び宇宙の永遠に溶けていく
その魂は永遠に姿を変えつつ生まれ変わり続ける
                             原田 節


深大寺の白鳳仏が栄ある国宝に指定されました。1300年の間、武蔵野の地で大切に守られてきた、信仰の奇瑞を感じます。
慶讃の曼供法会の厳修にあたり、有難きご縁を頂戴しています、オンドマルトノの世界的奏者、原田節氏が「白鳳讃」という作品を奉献下さいました。
飛鳥時代の後期、国風文化の黎明の世を、白鳳と告げられた古代人の感性や、この尊像を造った工人達が、一体どんな心根で生きてきたのであろうかと、 景仰の念が深まるばかりです。  天台のおつとめに後唄という短い経文があります。
処世界如虚空 如蓮華不着水
心清浄超於彼 稽首礼無上尊

み仏はこの世にあって虚空のように大きく、蓮華が泥水に染まらないように心が清らかなことは一切を超えている。 こうしたこの上ないみ仏に頭をたれ敬礼します。
白鳳釈迦如来倚像の親しみある笑まいの宝前に、遥かに天平の深大寺開創を想い、「白鳳讃」を捧げます。
    合掌
                                 深大寺住職 張堂完俊 

謹み敬って白(もう)す 慶讃の文(けいさんのもん)

維時(これとき)、平成二十九年丁酉(ひのととり)五月二十一日吉祥日(きっしょうび) 、日域王府(にちいきおうふ) 多摩郷(たまのごうり)浮岳精舎(ふがくしょうじゃ)深大教寺(じんだいきょうじ) 此の梵場(ぼんじょう)に於て、 謹んで香華灯燭(こうげとうしょく)之供具(くぐ)を献備(けんび)し、 此に今般、国宝指定銅造釈迦如来倚像(いぞう)、 白鳳仏を奉迎し奉り、四箇法会(しかほうえ)の化儀(けぎ)をととのへ、慶讃の法莚(ほうえん) を設けて仏祖の恩法(おんぽう)に報ず。

惟夫(おもみるにそれ)、当山開創(とうざんかいそう)は往古天平(おうこてんぴょう)五年、 法相(ほっそう)の 大コ(だいとく)満功上人(まんくうしょうにん)に依り、白鳳仏は法相宗代(ほっそう しゅうだい) の本尊と伝へる。 降(くだ)っては貞観年中(じょうかんねんちゅう)、北嶺(ほくれい)の尊者(そんじゃ) 恵亮和尚(えりょうかしょう)、 勅(ちょく)に依って台門(たいもん)の教風(きょうふう)を伝う。

雖然(しかりといえども)、永き寺歴(じれき)を閲(けみ)せんとするに、歳月の移行は、時節の隆替 (りゅうたい)を伴って、 寺運(じうん)(また)変遷衰萎(へんせんすいい)の天命有り。堂塔(どうとう) 幾度の災厄に遭いて、 白鳳仏も亦(また)災禍傷創(しょうそう)の痕跡残れり。しかりといえども歴世(れきせ)の住持(じゅうじ)、 八方の信徒、外護(げご)の念篤く尊像を擁護(おうご)し、大難を免るるは白鳳尊仏の威コ(いとく) なりしか。

於茲(ここにおいて)、壱千三百年、武蔵野の地に法輪を転じ、群生(ぐんじょう)を度し、妙法を説き給う。 まことに瞻仰(せんごう)の 至りに堪えんことなり。加うるに官公(かんこう)の吏民(りみん)、慮外稀有(りょがいまれ) なる国宝指定に栄耀(えいよう)し、 調布市は挙げて此の一大慶事に賛助、協翼(きょうよく)惜しまず、地域住民は然る程に、上古(じょうこ) 仏教東遷(とうせん)の核心に 触れること決定(けつじょう)なり。 ここに白鳳仏は、年初来国宝指定調査、審議のため、浮岳精舎を長らく離るるも、方(まさ)に今歓喜の一小音(いちしょうおん) を以って、 仏陀讃嘆(さんたん)の偈頌(げじゅ)を唱へ奉迎したてまつる。 伏願(ふしてねがわ)くは、本尊薩?(ほんぞんさった)護法(ごほう)善神(ぜんしん) 、快く法施(ほっせ)を納受して、 志願を満足ならしめ給へ。 尚嚮(しょうきょう)す。
 平成二十九年五月二十一日
                                          八十八世 住職  張堂完俊

入堂讃(にゅうどうさん)
梵語による仏の四智(大円鏡智(だいえんきょうち)、平等性智(びょうどうしょうち)、 妙観察智(みょうかんざっち)、成所作智(じょうしょさち))を讃える曲です。

云何唄(うんがばい)
唄伝されている僧侶しか唱えられない天台聲明の秘曲の一つです。 

散華(さんげ)
寺院ではいろいろな法要を営むとき、仏さまをお迎えする道場を清浄にして、諸々の仏さまを讃歎し、 供養するために花が撒かれます。これを散華といいます。

對揚(たいよう)
二箇法要(にかほうよう)の散華に付随する曲。教会音楽のカノンと似る。原義は応対・称揚することで、 唱え方は,先唱者が一句を唱え、所定の位置までくると全員がその句の冒頭から唱えるという「次第取り」の方法で一句ごとに礼拝を行う。

表白(ひょうびゃく)
法会に際し、その趣旨や所願を本尊に対して表明するものです。三つの部分から成り、初めに本尊聖衆 などの三宝への帰依を表わし、次に法会や作法のおもな対象やその徳を講讃し、最後に行者の意志や祈願を述べる。

供養文(くようもん)
唱礼師がほとんど漢音で独唱する。

唱禮(しょうれい)
四方の四仏や一切の仏菩薩の名を唱え恭敬礼拝する。

驚覚真言(きょうがくしんごん)
驚覚とは迷いと煩悩に染まる人間を仏の道へと目覚めさせること。導師が印を結んで独唱。

九方便(くほうべん)
九方便とは胎蔵界の懺悔の頌に九種あることから、こう名付けられました。菩薩の行願であり、仏道を 成ずる方便です。

五大願(ごだいがん)
菩薩が仏道を求めるときに最初にたてた五つの誓い。導師の独唱曲。

百字讃(ひゃくじさん)
本尊の加護によって行者の心と身体をさとりにむけて堅固にしてゆき、一切の所願を速やかに成就せし める百字から成る咒(しゅ)です。梵語で唄われますが意味は次のようなものです。  咒:梵語のマントラ(祈りのことば)の訳
「比類なく揺るぎない悟りを開ける者よ、願わくば私を守護してください。どうか私も同じように揺る がぬ心を持ち、歓喜の日々が送れますように。また、私の様々な行いが等しく成就して、この心が安ん じられるよう、お力を貸してください。すべてのみ仏たちよ、どうか私を見捨てずに、あなたと同じよ うに、比類なく揺るがぬ身にしてくださいますよう、心からあなたに帰依したてまつります。」

百八讃(ひゃくはちさん)
金剛曼荼羅に描かれている百八の諸尊を讃える咒(しゅ)です。金剛界曼荼羅の根本成身会の百八尊の仏名を 唱誦してその徳を讃嘆する曲。序破急の三段の区分の明確な曲の代表的なもの。
サタンバ・バシリ曩謨?都帝(なもそとて)。ダルマ・バシリ曩謨?都帝(なもそとて)。 バサラ・ケンダ曩謨?都帝(なもそとて)、 等々百八尊が次々読み上げられ、それぞれの尊者に、あなたに帰依しますの梵語「曩謨?都帝(なもそとて)」(namo’stu te)と唱えられます。 因みにバシリ、バサラは金剛の意味です

回向方便(えこうほうべん)
回向というのは、法蔵菩薩が集められたすべての功徳を、一切衆生に与えてすべての人を 仏の悟りに向かわしめ給うこと。方便の原義は近づく、到達するの意。仏陀が衆生を導くために用いる方法、手段、 あるいは真実に近づくための準備的な修行などをいう。

随方回向(ずいほうえこう)
全ての法界に供養回向、導師が独唱する偈(げ)文で音用はない。

退堂(たいどう)

当日の表白
白鳳佛国宝指定慶讃法会

浮岳山主識
謹み敬(つつしみうやま)って真言(しんごん)教主(きょうしゅ)理智不二(りちふに) 九品引接(くほんいんじょう)弥陀種覚(みだしゅがく)観音勢至(かんのんせいし) 諸大薩?(しょだいさった) 乃至仏眼(ないしぶつげん)所照(しょしょう) 一切の三宝(いさいのさんぼう)に白言(もうしてもうさく)

方今(まさにいま)
南浮(なんぶ)日域(にちいき)東京都調布市深大寺元町 浮岳山深大寺此の道場に於て 奉安する金銅釈迦如来倚像(こんどうしゃかにょらいいぞう)の 国宝指定を慶讃し院内法縁(いんないほうえん)の 浄侶曼荼供養(じょうりょまんだくよう)の梵筵(ぼんえん)を催し
殊(こと)にはアンサンブル浮岳オンドマルトノ奏者 原田節氏の委嘱作品「白鳳讃」を 奏楽奉献(そうがくほうけん)し以って仏祖(ぶっそ)の恩沢報謝(おんたくほうしゃ) の懇念(こんねん)に資すること有り
其の旨趣如何(ししゅいかん)となれば
夫れ仏意(ぶっち)に適うの勝用(しょうゆう)は瑜伽三密(ゆがさんみつ)の 秘法に如無く(しくはなく)
加被(かび)を念ずるの功力(くりき)は仏コ讃嘆(ぶっとくさんだん)の 歌唄(かばい)に超えたるは無し
(うやうや)しく惟(おもん)みれば 霊山教主釈迦牟尼世尊(りょうぜんきょうしゅしゃかむにせそん)は樹下(じゅげ) の禅定(ぜんじょう)に大覚(だいかく)を証(しょう)
鹿苑(ろくおん)に法輪を転じて法界群生(ほうかいぐんじょう)を済度(さいど)
霊山会場(りょうぜんえじょう)に現前(げんぜん)しては慈教(じきょう)を 宣(の)べ直至(じきし)道場(どうじょう)の妙法を示し給(たも)
末世(まっせ)の倫(ともが)ら焉(いずくん)ぞ娑婆出世(しゃばしゅっせ)の 本懐を景仰(けいごう)せざらん
(まこと)なる哉(かな) 當山奉安の釈迦如来像は飛鳥 時代後期の御作(おんさく)
往古(おうこ)法相宗(ほっそうしゅう)時代の 本尊と伝へ白鳳を代表する尊像 として今般新たに栄(はえ)ある国宝の 指定を受く
実に瞻仰(せんごう)の至りに 堪(た)えん 當山壱阡三百年を 閲(けみ)せんとする寺歴の光輝(こうき)之れより 熾(さか)んなくはなく緇素(しそ)の尊崇(そんすう)を 愈々(いよいよ)(あつ)めん
庶幾(こいねがわ)くは降臨(ごうりん)の諸仏諸尊(しょぶつしょそん) 霊験を顕(あらわ)して仏国土を浄め給ひ 一会真俗(いちえしんぞく)は直ちに仏性(ぶっしょう)を開いて 菩提心(ぼだいしん)を発(おこ)さんことを
乃至(ないし)法界利益周辺(ほうかいりやくしゅうへん)    丁

天台聲明音律研究会
昭和45年(1970)に発足、以来五十年近くに渡り、天台宗内はもとより国内外での聲明公演を行 なってきた。深大寺ご先代が会長であったことや平成27年欧州公演のご縁で現董が会長に推挙され、現 在は院内行事での法儀音用の普及にあたり、天台聲明を内外に発信している。

声明とは
経文や真言に旋律抑揚を付けて唱える仏教声楽曲です。伝教大師最澄が平安初期805年中国(唐)か ら、天台の教えとともに声明ももたらしましたが、これを体系的に伝えたのは10年間の唐での留学の後847年帰国した天台座主3世の 慈覚大師円仁(794〜864)です。その後、良忍(1073〜1132)により 平安中期後半1100年頃京都大原に声明の道場「魚山(ぎょざん)」(現在の三千院)が開かれ、ここを中心に天台 声明は伝承されてきました。この頃には声明と雅楽・舞楽との合奏曲も作られ浄土信仰とも重なり盛んに 奏されたといいます。現在でも天台宗ではほとんどの法要に声明は使われ、また、舞楽法要などは伝統音 楽として、公演公開されています。

アンサンブル浮岳
深大寺聲明の会に集う作曲家、指揮者、演奏家(篳篥、龍笛、尺八、三味線、ヴァイオリン、オンド・マ ルトノ)の音楽家集団。命名は深大寺張堂完俊住職。浮岳は深大寺の山号。

『白鳳讃』画 に寄せて    ハラダ チエ
銅造釈迦如来倚像のやわらかで無垢な微笑みと、坐像でもなく立像でもない「静」と「動」 を併せ持った倚像のお姿をじっくり拝見するうちに、深大寺に長い間守られてきた情景がまざまざとイメージされました。 私はこの白鳳文化を築いた仏師による美しい釈迦如来像に妙なる魂を感じ、一枚の絵の中に収めてみたい、 という衝動にかられました。緑豊かで、清らかな水の流れる深大寺へ導かれた釈迦如来に、 十人の弟子や動物や鳥達、そして私達人間は一斉に駆け寄り、胸高鳴らせながら救いの光を見出します。 釈迦如来は右手の第三指と四指を天に預けて、居心地の良いこの地で境内の樹木に囲まれながら静謐な時を刻み、 これからも私達の心に耳を傾けてくださることでしょう。

ハラダ チエ / 画家
武蔵野美術大学日本画学科卒業。片岡球子に師事。1985年?90年群馬県美術展にて県議会議長賞などを受賞。 1994?96年マガジンハウス刊『女性のからだシリーズ』等の挿絵を担当。1999年から定期的に個展を開催。2002年より東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会パンフレットや公演チラシに毎回演目に合わせたイラストを描き下ろしている。舞台衣装へのペイント等音楽関係の仕事も多数。 2006?07年上毛新聞へのコラムを毎月担当。また館林市観光課からの依頼で市のお土産品としてスカーフの制作。2008年には日本郵便『エコ安全ドライブ』のためのイラストを制作。全国14万台の郵便車両とバイクに貼られた。2012年青山ベルコモンズ店内のクリスマス装飾のイラストを担当。 また2017年には『浅草オペラ100年記念』のチラシ制作。このイラスト は限定記念切手にもなっている。

第6回2019.6.8  深大寺聲明の会 聲明と邦楽
――  次    第  ――
色即是空 独奏尺八の為の …… 金田潮兒作曲 作曲家の尺八に対する完結を目指した作品
去来 三味線独奏 …… 杵屋正邦作曲 心をよぎる想いを三絃で表現 静動静動動静で構成
音の干渉第9番 尺八と三味線のための …… 丹波 明作曲 序破急という伝統構造美学のもと、新しい音楽の在り方を示した作品
合曼供法要  声明 …… 天台声明音律研究会  深大寺院内
合行曼荼羅供  ごうぎょうまんだら
入堂讃 にゅうどうさん
云何唄 うんがばい
散華 さんげ
對揚 たいよう
供養文 くようもん
唱禮 しょうれい
驚覚真言 きょうがくしんごん
九方便 くほうべん
五大願 ごだいがん
百八讃 ひゃくはちさん
回向方便 えこうほうべん
隨方回向 ずいほうえこう
退堂 たいどう


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