楽劇(オペラ)《白峯》 ―演奏会形式―
    
   
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浜千鳥 跡は都へ 通えども

      身は松山に 音をのみぞ鳴く
                 
                               崇徳上皇

浜千鳥と同じように、筆跡〈写経〉のみは懐かしい都へ通っていくが、 自分は松山で帰京の日を待ち焦がれながら声をあげて泣くだけである
 西行法師の歌   
   松山の 浪に流れて 来し船の やがてむなしく なりにけり   
   松山の 浪のけしきは 変わらじを かたなく君は なりましにけり   
   よしや君 昔の玉の 床とても かからむ後は 何かはせむ
    西行はこの歌を御陵に捧げたのち、朝の光の中を退去した。下ってゆく山の木立のなかは鳥の声で満ちていた。
                                                                   (『西行花伝』辻邦生(新潮文庫))                                                                  


 * オペラ「白峯」初演によせて   オンド・マルトノ奏者・原田 節
 * 絵にみる三大魔縁    挿絵家・佐竹美保                  
 * 「文明の融和」  シルクスクリーン    画家 ・ 三浦利文   
 * 阿弥陀経と不住涅槃の菩薩    中村元 東方研究所・研究員 博士(文学)武田浩学 
 * 「文化人の気魄」    声楽家・木村俊光



                              


  絵にみる三大魔縁 

   安永5年(1776)刊行 上田秋成「雨月物語」の挿絵              絵:歌川国芳(1797-1861)



















    平成の大魔縁(2012)
《白峯》のチラシの絵は挿絵家・佐竹美保さんの大魔縁(2012年金原瑞人著ストーリで楽しむ日本の古典「雨月物語」から)を使わせていただきました。 大変好評です。
佐竹さんにこの絵に込められた思いについて一文をいただきました。左の挿絵をご覧になりながらお読みいただければ幸いです。 (大西)

この絵は児童書、「雨月物語」(岩崎書店)の中の「白峰」の挿絵として描いた絵です。
この崇徳院のすざましい負のエネルギーを紙面で表すために、怨念の象徴のような長く伸びた髪と燃え上がった姿を、木々の枝や闇、揺さぶられる空気に一体化させました。 ただ恐ろしい姿だけを描いても、どれほどの怨念であるのか想像させられないと思ったからです。
筆による墨のゆらぎが怨念と周りの空気が共振する様を出してくれました。



   文明の融和
《白峯》を進めるなかで、三浦利文先生の作品「文明の融和」を知りました。
是非見せていただきたいとお願いしましたら、お手紙を添えて左の作品を送ってきてくださいました。
対立するものの融和が どのような美しい世界を作り出すか、視覚的に理解出来ました。
音楽的には丹波先生の《白峯》で皆さまに楽しんでいただければ有り難いです。(大西)


   三浦利文先生からの手紙
この度は思いがけず興味深いオペラを鑑賞することができそうで楽しみにしております。
私の作品はささやかなものですが、たまたま衝突する文明に対して、融和を願って10年程前に制作したものです。
シルクスクリーンによる、この《融和》は、《文明の融和》を制作するために先行した試作です。
対立する色彩の様々な融合と対比による互いを際立たせる効果をねらったものです。
合わせて、この頃は宇宙への関心もあり、そのようなイメージも織り込みたいと考えたようです。
異質なものの衝突は、対極にある程互いを際立たせぞくっとする鳥肌の立つような美しい均衡を生む。
『白峯』はそんな期待をいだかせます。公演の成功を祈っております。


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阿弥陀経と不住涅槃の菩薩(ふじゅうねはんのぼさつ)
  武田先生  前田先生
 
中村元 東方研究所・研究員 博士(文学) 武田浩学先生に聞く 

質問
お客様にこのオペラを本当に理解してもらうためには当時の時代の思想、阿弥陀経を知っていただきたいと考えました。 平安末期、阿弥陀経は人々にどのように受け入れられたかをお教えいただければ有り難いです。(2014年3月2日)                                                     

武田先生からのご返信
小生は、初期の大乗仏教および浄土教を専門にし、親鸞の浄土真宗の僧籍を有する者ですが、日本の文学や歴史については、 左程、知見を有してはおりません。その点、不足する事もあろうかと存じますが、 「作曲家・丹波明先生が阿弥陀経を前田專學先生(中村元 東方研究所理事長)から教えていただいた」、 また、「大西様はサンスクリットで阿弥陀経をお読みになった」とのこと、その点を前提にして、 阿弥陀経や保元の乱のころについて、以下に、幾つかの基本的情報を、お知らせします。御存知のこともあろうと思いますが、興味を引かれるものがありましたら幸いですし、その他も含め、何かありましたら、お気軽におたずね下さい。

@『保元物語』によると、崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、 五部大乗経(法華経・華厳経・涅槃経・大集経・大品般若経)の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、 戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は 「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、 舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」 と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり、後に生きながら天狗になったとされている。 ただし、浄土三部経は書写していない。

A後白河上皇 (1127−1192)(大治2−元久3)。嘉応元(1169)年、出家して覚忠に受戒、法皇となり、 行真と号した。 浄土宗の祖法然上人を招いて、円頓戒(えんどんかい)や、『往生要集』の講説を受けており、 これに感動した法皇は藤原隆信に命じ法然上人の真影を描かせた。 これが知恩院蔵の「隆信の御影」である。 承安2年(1172年)、法住寺殿の南に滋子御願の新御堂が建てられることになり、2月3日に上棟式が行われた(『百錬抄』『玉葉』同日条)。 これに先立つ嘉応2年(1170年)4月19日、後白河院は東大寺で受戒するため奈良に向かう途中、 宇治の平等院に立ち寄り、本堂で見取り図を閲覧している(『兵範記』同日条)。承安元年(1171年)11月にも滋子を連れて再訪しているので (『玉葉』11月1日条)、平等院をモデルに造営する計画だったと思われる。


B平等院(宇治)は、平安時代後期、天喜元年(1053)に、時の関白藤原頼通によって建立された阿弥陀堂です。 華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできるほとんど唯一の遺構として、このうえなく貴重な建築です。 最も大きな特徴は池の中島に建てられていることで、あたかも極楽の宝池に浮かぶ宮殿のように、その美しい姿を水面 に映しています。
堂内の中央には金色の丈六阿弥陀如来坐像が端坐し、周囲の壁および扉には九品来迎図、阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれています。 そして左右の壁の上部には52体の雲中供養菩薩像が懸けられています。当時の人々は鳳凰堂を地上に出現した極楽浄土ととらえていたのです。


C平安時代末期の浄土教。「末法」の到来。
「末法」とは、釈尊入滅から二千年を経過した次の一万年を「末法」の時代とし、 「教えだけが残り、修行をどのように実践しようとも、悟りを得ることは不可能になる時代」としている。 本来「末法」は、上記のごとく仏教における時代区分であったが、平安時代末期に災害・戦乱が頻発した事にともない 終末論的な思想として捉えられるようになる。よって「末法」は、世界の滅亡と考えられ、 貴族も庶民もその「末法」の到来に怯えた。さらに「末法」では現世における救済の可能性が否定されるので、 死後の極楽浄土への往生を求める風潮が高まり、浄土教が急速に広まることとなる。 末法が到来する永承7(1052年)年に、関白である藤原頼通が京都宇治の平等院に、 平安時代の浄土信仰の象徴のひとつである阿弥陀堂(鳳凰堂)の建立をはじめ、翌天喜元年(1053年)に完成した。 阿弥陀堂は、「浄土三部経」の『仏説観無量寿経』や『仏説阿弥陀経』に説かれている荘厳華麗な極楽浄土を表現し、 外観は極楽の阿弥陀如来の宮殿を模している。「極楽が信じられないなら宇治の御堂を敬え」と当時の謡曲でも謡われた。 この頃には阿弥陀信仰は貴族社会に深く浸透し、定印を結ぶ阿弥陀如来と阿弥陀堂建築が盛んになる。阿弥陀堂からは阿弥陀来迎図も誕生した。 平等院鳳凰堂の他にも数多くの現存する堂宇が知られ、主なものに中尊寺金色堂、法界寺阿弥陀堂、白水阿弥陀堂などがある。


D阿弥陀経は、起承転結の物語を持つ経典としては、最も短いものの一つで、浄土三部経の中でも読経が容易であり、 特に、鳩摩羅什の漢訳は名文・名調子で、小生の経験では、読経の僧侶および聴衆を「悦に入らせる」あるいは「瞑想の境地に誘う」ほどのものである。現在でも葬送儀礼の際などには、 浄土宗・浄土真宗などの浄土教系のみならず、天台宗・真言宗などの密教系でも当然のように用いられる。


E阿弥陀経の白眉は、臨終来迎(俗に言う「お迎え」)を説く一段、「もし善男子・善女人ありて、阿弥陀仏を説くを聞きて、 名号を執持する(念仏を称える)こと、もしは一日、もしは二日、もしは三日、もしは四日、もしは五日、もしは六日、もしは七日、一心にして乱れざれば、その人、命終の時に臨みて、阿弥陀仏、もろもろの聖衆と、現じてその前にましまさん。この人、終わらん時、心顛倒せずして、すなわち阿弥陀仏の極楽国土に往生することを得ん」。阿弥陀二十五菩薩来迎図などは仏教美術絵画を代表するものです。


Fもう一つは大宇宙を夢想させる一段「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と曰う」です。 インターネット上の情報にはこうあります。
「十万億土」とは「十万億仏国土」の略で、仏国土の大きさが, 例えば、1BW(Buddha World)とすれば、仏国土が互いに接しているとすると、まっすぐ西に進んで、 十万億の仏国土を過ぎると西方極楽浄土ですから、十万億土は10万億BWという距離になります。 三千大世界が、一仏国土と考えてみましょう。
これは、サバー世界のような世界が千集まり、 そういう世界(小千世界)が千集まって中千世界となり、中千世界が千集まって大千世界となり、 これを三千大世界と呼ぶのです。三千大世界を、かつては釈迦仏陀がいたのですから、 直径100天文単位の太陽系だとすると、これを一仏国土とすると、十万億BWは、1000万億天文単位となります。 これは、光年に換算すると、約160億光年になります。大体、宇宙の直径です。これは、光で進むと、 160億年かかる距離で、とても49日で行ける距離ではありません。



以上を整理しますと、例えば、次のようになるでしょう。 平安時代末期、末法の到来を裏付けるかのように、災害や戦乱が頻発し、文化は退廃し、秩序は乱れ、社会は不安と動乱の渦中にあった。人生の無常、人間の愚かさ・罪深さに絶望した人々は、皇族・貴族から庶民に至るまで、身分の上下も敵味方の区別も無く、大宇宙の彼方にあるという、阿弥陀仏の荘厳な極楽浄土へ生まれ行くことをひたすら求めた。 極楽浄土には「天女が奏でる妙なる調べに満ち、天空には美しき花々が舞い、六種の珍鳥がさえずりを聴かせている」という。 そして、極楽浄土を説く三つの経典の中でも、最も簡潔で流麗な阿弥陀経は、「命を終える者の枕元に阿弥陀仏が麗しくも厳かに迎えに来る」という、ドラマチックな来迎を説く一段を有することで、今なお読み継がれ、我々日本人の心に、無意識の裡にも、大いなる安息を約束している。 以上です。


  追伸   オペラ白峯期待しております。
また、「闡提であろうと心を翻せば(回心すれば)極楽浄土に往生できる」というのは、法然の師、善導の有名な文言です。
ところで、引声阿弥陀経会はごぞんじでしょうか。小生は残念ながら聴いたことが無いのですが。 阿弥陀経を独特の調子で鉦に合わせて唱えます。慈覚大師円仁が渡唐した際、五台山において生身の文殊菩薩から、 極楽世界八功徳池の波の音に唱和する「引声阿弥陀経」(いんぜいあみだきょう)を伝授されたというものです。 お経の一節を長く引いて唱える「声明」の一種で、現在は真如堂(京都市左京区浄土寺真如町82)だけに残される珍しいもの。(3月3日)

再質問
「お気軽におたずね下さい」のお言葉に甘えさせていただきまして、一つお教え願いたいことがございます。
崇徳上皇は闡提(せんだい―教えを聞く耳を持たない者)なられますが、闡提としてこの世に留まるということは阿弥陀経の世界でどういうことを意味するのでしょうか。 阿弥陀経の世界を拒否して、別の生き方を選んだことなのか、闡提としての生き方も阿弥陀経の世界の一つの生き方なのか、そのあたりのことをお教え願えれば有り難いです。 どうぞよろしくお願いいたします。(3月3日)

武田先生からのご返信
西行の言動、を推しはかることが肝要だと思いますが、雨月物語や白峯の文学的な、あるいは音楽的な読み込みは、小生の分には無いようです。
ただ、阿弥陀経は、起承転結の「転」部で、「この経を東西南北上下の六方世界の無数の仏たちが護念する」ことを讃え、 「結」部で「阿弥陀仏の名、及びこの経典の名を聞けば、すべての仏たちに護念され、必ず覚りを得る」とされるので、 少なくとも、経の主旨からは、西行は読経することで、阿弥陀仏と阿弥陀経の功徳にすべてを委ねたのではないかと察せられます。
闡提の往生や成仏は、仏教史上、最も解決が遅れた難題の一つです。 先に触れたように善導(613‐681)の言によって理屈としては解決されていますが、 闡提として輪廻して生きる怨霊は、聞く耳を持たないうちは、救済の対象外です。
原則的には、己の言動を罪として恥じ悔い、教えを聞く時に、初めて救済の門が開かれます。 でも、これはわれわれ人間の予想を超えた事態として、すなわち、すべては阿弥陀仏の計らいとして招来するのだと思います。
観無量寿経に説かれる王舎城の物語、すなわち、「王子が王を殺すという悲劇が王妃の救済の機縁になった」ことのようにです。 西行はそれを願い、阿弥陀仏と阿弥陀経のことを、怨霊となった崇徳院に今一度聞かせたいと願い、 同時に、阿弥陀仏と阿弥陀経に崇徳院をお任せしたかったのかもしれません。
「称(とな)える」と「聞く」という対語は、浄土教のキイワードです。 「私は一人残らず救済する」(無量寿経)というのが阿弥陀仏の誓いなのですから、聞かざる者がいるかぎり、 称える者も未来永劫にわたって存在するはずです。
浄土教的には、「どうか聞いて欲しい、ぜひ知って欲しい、闡提として娑婆を輪廻し続けようと、 阿弥陀の慈悲は飽くことなく降り注ぐ」ということかと愚考しますが、白峯の場合はどうでしょうか……。(3月4日)

御礼
「闡提として娑婆を輪廻し続けようと、阿弥陀の慈悲は飽くことなく降り注ぐ」との先生のお言葉、私のこころを揺さぶりました。 これこそ阿弥陀さんだな、と思いました。私は先生のこのお考えを受け容れたいと思います。ご教示、有り難い事です。感謝したします。(3月4日)

確認
その後、さらに闡提について考えつづけました。
聞く耳を持ちながらも、なおこの世にとどまる闡提のあり方があるのではないか、ということです。 闡提=この世にとどまる社会の変革者、との理解が可能かどうか。
私は、こころは阿弥陀仏に帰依しながら、成仏しないで、末法が終わるまで娑婆にとどまり、この世を一歩でも良くして阿弥陀経に描かれている世の中にしたい、今風のことばでいえば差別と貧困のない、原発に頼らない社会にしたい、とのおもいが強いのですが、このような気持ちは佛の世界ではどのように理解されるのでしょうか。 このような疑問を持ちながら毎日考えつづけました。

とうとう4月3日、インターネットで次の記事を見つけました。
「仏教上では、非道者で仏法を否定、誹謗する者を一闡提(略して闡提)というが、これには単に「成仏し難い者」という意味もあることから、一切の衆生を救う大いなる慈悲の意志で、あえて成仏を取り止めた地蔵菩薩や観音菩薩のような菩薩を「大悲闡提」と称し、通常の闡提とは明確に区別する。」
これこそ、私が考えつづけていた闡提です。
私は大魔縁的闡提でなく、菩薩的闡提があるのではないかと考えつづけ、ついに今日、見つけました。このような菩薩的闡提がいなければ末法を終わらせることができないのではないかと思っていました。
丹波明先生とお話しをし、私なりに考えてみますと、 丹波先生ご自身は、白峯で描かれている崇徳さんの怨霊的闡提ではなく、 音楽の分野で新しい序破急書法を作ってこれまでの音楽を変えていかれる、 どちらかというと菩薩的闡提のイメージかなと思っています。
あたかも親鸞聖人が浄土真宗をひらかれ、今なお私たちのこころに生きつづけておられる菩薩的闡提のように。
このような納得でよろしいでしょうか。今一度ご教示いただければ幸いです。(4月9日)

武田先生からのご返信
大悲闡提に話が及ぶとは想像しておりませんでした。そう感得した方が芸術的ですね。 大西様や丹波先生の、音楽家としての感性に驚きの念を禁じ得ません。
初期の大乗仏教から、その理想は、「自ら覚り、他者も覚りへ導く」という自利利他(じりりた)の実践、 すなわち、自由・平等・平和の実現に向けた活動にあり、その中でも究極の理想を体現した菩薩を 「不住涅槃の菩薩」(ふじゅうねはんのぼさつ)といいます。つまり、「すべての者を覚りに導き入れるまで、 自分ひとりが覚ってしまうことはしない」ということですが、「いつでも覚る準備はできているが、 覚ってしまうと他者の救済活動も終息することになるので、覚ることはできない」という、 未来永劫に救済活動を継続する菩薩のことです。
現在では、この菩薩を代表するのが大悲闡提としての観音菩薩とされてるようですが、 元々は、阿弥陀如来が覚る前の法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)のことを指していたはずなのです。
阿弥陀経に「阿弥陀さんは今現在も説法し続けている」とあるように、阿弥陀さんは、覚って仏になっていながら、 不住涅槃の菩薩の活動を継続しています。それも、「阿弥陀の慈悲は、いかなる姿形にも化して、その務めを果たす」と、 5世紀頃の中国の仏教者である曇鸞(どんらん)などに教証(きょうしょう)されています。
とすると、私や西行の想像を超えて、 「阿弥陀さんが嵩徳院に化して何かをしようとしている」、すなわち、嵩徳院は阿弥陀の化身と受け止めることも十分可能ですし、 観音の化身と呼ぶこともできるでしょう。
そうしてみると、秘められたテーマは未来志向、古典的ながらも新鮮な形態として、聞き手の魂を揺さぶる、 気高く美しい作品になっていくのではと、勝手ながら想像します。
大西様の「私は、こころは阿弥陀仏に帰依しながら、成仏しないで、末法が終わるまで娑婆にとどまり、 この世を一歩でも良くして阿弥陀経に描かれている世の中にしたい、今風のことばでいえば差別と貧困のない、 原発に頼らない社会にしたい、とのおもいが強いのですが、このような気持ちは佛の世界ではどのように理解されるのでしょうか。」 のお考えは、まさしく、不住涅槃の菩薩を指向する堂々たる態度です。
親鸞はもう少し現実的な理想として「自信教人信」(じしんきょうにんしん。自ら信じ、人を教えて信じてもらう)を掲げます。 そして、親鸞は、念のため、こう言っているようにも思います、 「それは一人で背負う必要は無い、信(帰依)を持つ人たち(同朋どうぼう)が、絶えること無く相続していくことになっているから。 心ならずも、力尽きて終わる時が来てしまったら、安心して浄土へ生きなさい。 必要に応じて、阿弥陀さんはあなたの姿を借りて娑婆へ出向くでしょう」と。(4月10日)

御礼
今、帰って参りました。読ませていただいてこころが震えました。 パソコンの画面に向かって何度も手を合わせ、拝ませていただきました。 過分なおことばを頂戴しうれしさこの上ないです。考えつづけた甲斐があったとおもいました。この仕事に取り組んで本当に良かったと思います。 ある境地に私自身歩みはじめるきっかけになったような気がします。先生のお導きのお蔭です。こころより佛のみ心に感謝しています。 ありがとうございました。(4月10日)( 聞き手 大西信也   写真:日本美術全集 学習研究社)


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「文化人の気魄」  声楽家・木村俊光先生に聞く
    

     1 歌の世界へ
     2 海外へ(省略)
     3 劇場との契約(省略)
     4 後進の育成を
     5 オペラの魅力とこれから


(このインタビューは平成23年3月9日に新国立劇場内で行われたものです。 文化庁月報平成23年5月号より転載)


◆歌の世界へ

― オペラの世界に入ることになったきっかけについて教えてください。
 早期教育の桐朋学園には声楽科があり,伊藤武雄先生という方がいらして,という情報をもらいました。 それで東京の伊藤先生のところへアポイントなしで会いに行きました。入学試験を受けてみなさいと。 その結果,何とか無事に合格することができました。   ところが学校に入ったとたんに,先生にお前の声はでたらめなんだから,それを直すには自分で勝手な練習は駄目だ。 先生の前でしか声を出しちゃいかんと言われてしまい,毎日巣鴨の先生のところへレッスンに通いました。  でも,私はせっかく上京したのに自分で練習すらしてはいけないと言われた事で,これはプロの声楽家になるのは無理なんだと考え, では良い教師になるのを目指そうと思いました。そのためには何でも身につけなければと齋藤秀雄先生(当時,桐朋学園大学教授でチェリスト・指揮者) のところへも教えて欲しいと頼みに伺いました。それで高校1年生の夏休みから大学の2年生まで 指揮科の学生と同じように月謝も無しで教えていただきました。

― 声楽の勉強と,週末には指揮の勉強とを両立されていたのですね。
 声楽の方は,入学して一年間先生がいいと言うまで自分で練習してはいけないと言われ,1年の試験なんてさんざんでした。 ところが2年になった途端に,それまでの毎日の地道な喉を開けるという発声の訓練をしたおかげもあって,ポコッと声が変わったんです。  声楽と,指揮との違いを簡単にいうと,歌は言葉にメロディーが付いていて,楽譜を横に見ていくのですが, 指揮は横に見つつ縦にも読まなければいけない。どういう和声で,オケのどういう楽器があって,と縦横に読む。 そういうのを経験しないと指揮は出来ないのです。それで指揮の勉強もできる限り続けようと思っていたら, 大学2年のときにいきなり学校の定期演奏会で指揮を,と話がきて,それが伊藤先生にばれてしまいまして。

― 伊藤先生はそのときはじめて知ったのですか?
君はいったい指揮で行くのか,歌で行くのか,どっちで行くんだと。 先生が眠れずに悩んだという事を奥様から聞きまして,それで定期公演で振るのを泣く泣くあきらめ, 齋藤先生のとこへ辞めさせてくれと言いに行きました。でも,今振り返ってみると,ものすごく良い勉強させてもらいました。 そして私の音楽の下地というか,全部はあの時の積み重ねだと今でも思っています。

― そういうのを積み重ねられて。一つの劇場で16年の契約を続けられたんですね。
 一つの劇場で15年いると終身雇用の権利が得られ,劇場側からクビ切れなくなります。 だいたい12年で,切られる前に他の劇場にうつっていく人が多い。私は10年もてばいいやと思っていました。 そのころ師匠の伊藤先生は自分の後釜に桐朋学園に来て欲しいと思っていたらしく,「いつ帰るんだ」としきりに言われていました。 「まだ契約が残っているので,もうちょっと待ってください」と。一般的な話として終身雇用にしたくないから12年の次は14年で切られるんですよ。だから14年で帰るからあと2年待ってくださいと伝えていました。  ところが15年を越えることが出来まして,これはもう嘘つけないと思って先生にも話しました。 ただ,15年ぴったりで帰るのは悔しかったのでもう1年と思って。 なぜかというと,私をとってくれたインテンダントがちょうど定年で辞めると聞いたので, 彼の元に自ら辞表を持って行きました。そうしたら気分を害して辞めると思ったらしくて理由を尋ねられましたので, 「私はあなたに新人で採用してもらった。あなたが辞めると聞いたが,私も自分のお師匠さんに言われて, いずれ日本に帰らないといけない。だからあなたと同時に辞めたい」と言ったら,「これが侍スピリットか」 と言われまして,お互い固く抱き合いました。

◆後進の育成を

― 劇場との16年の契約を終え,日本に戻られたんですね。
 ええ。42歳で戻りました。普通バリトンって50歳ぐらいまで働き盛りです。 私の気持ちとしては,どうせ帰るのならよぼよぼになったから帰るのではなく,良いときに帰りたいと思ってました。 そうしたら誰かに言われました。馬鹿かって。なんで日本なんか帰ってきたんだって。 でも私は,あのお師匠さんがいなかったら自分はないと思うから,お師匠さんの目の黒いうちに帰りたかった。それだけなんです。

― 日本のオペラ界をどのようにされたいと思い活動されていますか?
 日本では,なんでもかんでもベテランに頼りがちですが,これは光るぞっていう新人を中心にすえて,ベテランが周りを固めるようなことができないかということをよく考えます。  例えば,弦で言うと全員がコンチェルト等のソリストってあり得ないと思っています。 つまり,オーケストラの要員としてイスに座って弾くのが似合うバイオリンニストも教育しないといけないし, 飛び抜けていればソリストとして育って行きますから,その両方をつくらないといけないはずなんです。 オペラ研修所はみんな将来の主役を狙って入ってきます。しかし,主役だけではオペラにならないわけです。 研修所も年2回公演を行い,最終的には私が配役を決めるのですが,「なんで私は主役ではないのですか」と文句が来たりもします。 だけど脇をやってみることも勉強の一つだと話しています。

◆オペラの魅力とこれから

― オペラの魅力とは先生はどう思われていますか。
 興味の無い日本人から見たら,まったくの異文化だと思います。日本のオペラ人口は,せいぜい0.03%程度でしょうか。だいたい全人口1億3千万人としたら年間に新国立劇場へ足を運んで下さるのは,のべ4万人もいない。しかし,そういう文化に携わっているわけですから,事業仕分けでお金をあまりにも減らされてしまうと困ってしまいますが,例えば,今回のオペラ研修所公演はオーケストラだけで60人。皆さんは,舞台にのっかっている人しか考えていないと思いますが,照明や舞台装置を担当するなど舞台を支える人がいっぱいいて成り立っています。これほど総合的な芸術はないと思います。  また,お客様が仮に歌詞を理解できなくてもそれぞれが想像して聴いていただくこともオペラのおもしろさの一つです。 下手なテレビドラマでは,どこかへ出かけていく場面で,電話がきて,身支度して,外へ出て,タクシー止めてって一連の流れをすべて見せる。 だけど,電話がきて,すぐ相手の家のシーンでもいいわけです。どうやって行ったかなんて,見る人が想像すればいい。 タクシーかも知れないし,電車かもしれない。だからオペラもそういう風に想像して観ていただきたいし。 特に初めてオペラを観る人は,喜劇から入ると良いと思います。

― 喜びを感じる瞬間とはどのような時でしょうか?
 私は「その歌い方ではお客さんは一緒に息をしてくれないよ」って言うんです。歌っている人と同じように息をしてもらえなければ,お客さんは感心するだけで共感してくれないと思うのです。一緒になって呼吸してもらう。それが一番大事だと思います。  それとやっぱり「生もの」であること。テレビとかCDとかと生は違う。生でないと味わえないのだから失敗を恐れるなって言っています。 そういう一種のコミュニケーションだと思います。

― これから日本のオペラに望むことはなんでしょうか。
 明治になって西洋音楽が入ってきてからの歴史は長いですが,見方によっては日本の小さな趣味人の固まりに思われなくもない。 日本だけの狭いものにならないようにすること,もうちょっと一般的に普及させること,それからどうしても日本の場合「お勉強」 という捉え方をされがちなので,オペラの楽しさを知ってもらうことが大切だと思っています。  このように立派な劇場をつくって公演していても,それが東京の真ん中から出ていきません。 国内の他にも10〜11か所の多面舞台を持つ劇場があるにもかかわらず,ここだけで終わってしまうというのは残念です。 倉庫も持っていて道具も衣裳もとってあるので,それを地方の多面舞台の所に持って行く,そこまで出来たら良いのですが。 箱(建物)をつくればそれで文化に貢献したみたいだけれど,結局は中身が問題です。 こういうはかなく消えていくモノには,お金をかけないと。それも本当は文化なんだと思いますが。


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オペラ「白峯」初演によせて    オンド・マルトノ奏者  原田 節

  いよいよ丹波明先生のオペラ「白峯」の初演を迎える日が近づいてきた。 間違いなく先生の『渾身』という単語でさえもどかしいほどに、命を削り、 芸術にその力すべてを捧げた作品が、多くの人々の心に大きな感動を喚起することになることは間違いない。 作品の完成に向け、また上演の実現のために、ほんの少しではあるがお手伝いをさせてきていただいて、 素晴らしいメンバーたちと一緒に音楽を奏でられる喜びはまた一入である。

  オンド・マルトノが二台、演奏陣に加わっているということで、若干の補足をさせていただたくと、 丹波明先生の作品には、すでにいくつかオンド・マルトノにとっての重要なレパートリーがある。 例えば、12台のオンド・マルトノ合奏のための「オンドモルフィーTOndemolphieI」 1998や2台のオンド・マルトノとエレクトリック・ギター、打楽器のための「トュルビュランス 乱流Turbulences 」 1978など、複数のオンド・マルトノから引き出される美しさに先生が注目されていることに気付かされる。
  確かに一台のオンド・マルトノですでに圧倒的に大オーケストラをも牽引していく、力強さや特異な歌心は他の作曲家でも、 すでに少なからずの例があるのだが、楽器自体が現存する個数も限られ、 その演奏のために必要な準備や修理も含め、演奏以前に相当な手間がかかることを思うと、 やはりパリを本拠地となさってきた先生だからこそ、ある意味大胆な起用が心理的な抵抗もなく、 サウンド作りの自発的なパレットとなったように思う。
  20世紀、特に戦後以降、オペラというジャンルは歌手の個人芸を単にご披露する場にとどまらず、 インストルメンタリスト=器楽奏者にも重要な進行上の役割やあるいは役、 技巧的にも非常にソリスティックな要求をされることが当たり前となってきている。 丹波先生の師であるオリヴィエ・メシアンのオペラ「アッシジの聖フランシスコ」でも歌手たちと並んで、 特に重要な演奏家たちの個別の名前がクレジットされることが慣例化されているが、それに比例して、 演奏するほうも並大抵でない準備が要求されている。
  一緒にオンド・マルトノを弾いてくれる市橋若菜さんは私にとって、最も古くからの生徒のひとりで、 始めのうちは、お互い遠距離楽器を運んで練習していたのだが、この頃はテレビ電話をネットでつないで、 合奏の練習をしたりという方法が結構出来ると気づいて、なんとか丹波先生のご期待に添えるべく取り組んでいる。
  パリに住んでいるからこそ、見えてくる日本文化の美を丹波明先生が感じ取られたうちの、 ほんのひとコマでも共有させていただければと望んでいる。
                                                            2014年8月東京 


                           

 ―― オンド・マルトノとは ――
1928年(昭和3年)にフランスで発明された電波楽器。音楽家であり、 電気技師でもあったモリス・マルトノ(1898−1980)によって発明される。 電気を使った楽器としては、世界で最も古いもののひとつにあげられている。  本体には鍵盤があり、その手前には一本の弦が横に張られている。弦には指輪がついているので、その指輪を動かすことによって音程を変化させ、 滑らかなポルタメントやビブラートを生み出す。鍵盤は両端を紐で吊られ浮遊しているので、指先でビブラートをつけながら演奏することが可能である。 左側引き出し内にトゥッシュと呼ばれる装置があり、音量や音価を変化させる。その総合的な演奏法は弦楽器に通じるところがあり、 様々に変化する微妙な音楽ニュアンスの表現を可能としている。本体の他には三種類のディフューザー(スピーカー)がある。 バネや弦、銅鑼などの振動力を用いて独特の残響を作り出す。  演奏者それぞれが独自の音楽表現を生み出すことのできる洗練された楽器として、今日までにフランスをはじめとする多くの作曲家達に取り上げられてきた。 メシアン、ジョリヴェ、ミヨー、オネゲルといった作曲家達をはじめ、20世紀の音楽史上重要な作品がこの楽器と共に数多く生まれている。 もちろんクラシック音楽だけでなく映画やCM、シャンソン、お芝居など様々な場面でオンド・マルトノの音は耳にすることができる。        〈名前の由来〉 オンド(Ondes) : フランス語で「電波」を意味する。 
                   マルトノ(Martenot) : 発明者、モリス・マルトノの苗字。      オンドマルト奏者 市橋若菜さんのホームページより


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  ツイッターから 

現代音楽のデータを紡ぐ@CCMJ20002014-09-26 09:01:32 2014.9.26 (金) 18:30-、楽劇《白峯》、三井住友海上しらかわホール 、 出演: 指揮 井ア正浩 / 演奏 セントラル愛知交響楽団 他 作品: 丹波 明/楽劇《白峯》

東京ハッスルコピー@hustlecopy2014-09-26 11:26:26 【楽劇「白峯」丹波明 台本・音楽】丹波先生の集大成ともいえる作品です。たくさんの方々に支えられ、いよいよ世界初演を迎えます。#丹波明白峯 shiramine.net

セントラル愛知交響楽団@CentralSUSUMU2014-09-26 15:51:27 【本日のオーケストラ】9/26第136回定期演奏会〜魂〜丹波明作曲・台本:楽劇≪白峯≫ GP中の1枚。一幕は崇徳上皇(大野徹也)と西行(大塚博章)、二人が登場されます。

さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-26 17:45:51 【CASO136】三井住友海上しらかわホールなう! 今日はセントラル愛知交響楽団第136回定期演奏会を聴きにきました。 曲目は、 丹波明:楽劇「白峯」(3幕12場・演奏会形式・世界初演)です。

M.Shostakov@mdsch232014-09-26 18:05:57 しらかわホールでの上演規模としては最大級ではないか。舞台、オケの座席が最大密度で入っていて、ソリストたちは別段に座席設置されている。 でもこれを芸文でやったら迫力ないかもしれないという意味ではいい選択なのかも。

ゆゆ@yuyuiksa2014-09-26 18:16:31 セントラル愛知の定期。丹波明の楽劇白峯の初演。雨月物語の白峯を元にしたオペラ。

高橋肇(たかはしはじめ)名古屋音楽大学長@TakahashiHajime2014-09-26 18:25:56 セントラル愛知交響楽団 第136回定期演奏会 に来ています♪ オペラ白峯 《演奏会形式》 @ 三井住友海上しらかわホール instagram.com/p/tZ1O4lKqGW/

芙蓉@fuyou_f2014-09-26 19:29:13 先日RTした、「楽劇(オペラ)白峯(世界初演・3幕12場・演奏会形式):セントラル愛知交響楽団第136回定期演奏会?魂?」です。この「白峯」は東京でもセントラル愛知の同じメンバーで9月28日に公演があります。

芙蓉@fuyou_f2014-09-26 19:53:13 ちなみに、この「白峯」のモチーフは、上田秋成『雨月物語』の「白峯」です。能楽で「白峯」に関連がある(崇徳院と西行)のは『松山天狗』かな。(違ってたらご指摘ください)

さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-26 20:04:51 【CASO136】休憩中。恨みが恨みを呼び、呪いが呪いを呼ぶ、げに恐ろしき因業の深さなり。

M.Shostakov@mdsch232014-09-26 20:05:10 字幕はフルに入れて欲しい。パンフをめくったりする音が多いのは意味がわからないから。短冊状のスクリーン、説明もいいんですが歌詞はもっと入れないと観客が持たない。

さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-26 20:08:41 【CASO136】キャストの台詞を投影する幕がホール天井から下がっていて、幅広になっているので台詞だけでなく登場人物の相関図なども映し出される。

さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-26 21:10:32 【CASO136】崇徳院の亡霊の現世への執着を断ち切らんと願う西行法師の読経が響く中、幕。 こういう上演は、ある意味名フィルにはできないのだ。でかしたぞセントラル愛知!

M.Shostakov@mdsch232014-09-26 21:21:17 セントラル愛知定期演奏会。楽劇「白峯」。弦の上で指を滑らす手法、声楽合唱隊で応用してうなり声のような合唱を行っていた。第2幕保元の乱までは何が起きたのか描き、その後一気に崇徳上皇が怨霊となり、それを知る西行法師と合唱隊と管弦楽の音楽が強い渦を作って終えた。

さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-26 21:22:29 【CASO136】終演後、拍手の中マエストロ井崎正浩さんに舞台へ呼び出された、作曲者の丹波明さんはメシアンに学んだということで、「トゥーランガリラ交響曲」など、家にメシアン作品のCDがあって一度でも聴いたことがある人なら、丹波作品が初めてでも何となくピンとくるサウンドだった。

ゆゆ@yuyuiksa2014-09-26 21:34:33 セントラル愛知定期。楽劇白峯は全編にわたって濃密な音楽が続く。特殊奏法も含めた管弦楽の錯綜した線と響と音色の多彩さ。朗唱と語りのような歌。業の物語が最後の読経につながる。単純に感動という音楽じゃない。

浮舟@miho_ukihune2014-09-26 21:42:28 セントラル愛知 定期@しらかわホール 楽劇「白峯」エネルギッシュな演奏と歌唱に圧倒されっぱなしの2時間半でした。 崇徳院の怨念が渦巻くなか、西行の読経が絡みさらに違った様相の渦が発生してクラクラするほどだった。いやぁ、良かった!

ゆゆ@yuyuiksa2014-09-26 21:49:42 しらかわホールの小ホールだから、強烈に打楽器は炸裂するし、楽器の響きも伝わってくる。もしかしたら、本来クラシック音楽はこれくらいの場所でやるべきものなのか。今日のセントラル愛知聴いて思った。でも、興行考えると難しい問題。

夢宮(ゆめのみや)@yumeno_522014-09-26 22:30:48 尾張国はしらかわホールにて楽劇「白峯」を拝見させて頂き帰途に在ります 御一緒下さりましたみなさまそして天候をはじめ崇徳さまの御縁に感謝の限りです 幾重にも反響する読経の波は頓證寺殿での850年忌を思い出させ、最後に現れた崇徳さまの肖像画は微笑んでおられるようでした #平清盛

M.Shostakov@mdsch232014-09-26 22:34:19 セントラル愛知定期:丹波さんの「音の干渉」は復習としてお勧め。90年の邦楽器と声楽曲ですが「白峯」と似た側面があるように感じる。

夢宮(ゆめのみや)@yumeno_522014-09-26 22:38:45 【楽劇「白峯」in尾張国】宵闇のなか高速列車が風を切って走る音が楽劇の声に聴こえます 終始緊張感に包まれた旋律のなか中心で世界をしろしめす歴史家の如き指揮者の方の指先に沿って舞台は進みます お能「松山天狗」を想わせる空間でした 後程詳細を呟かせて頂けますればと存じます #平清盛

芙蓉@fuyou_f2014-09-26 22:46:25 白峯感想@音楽とコーラスは、とても良いものでした。巧く作られていると感じました。全て計算の上で成り立っている音楽だと感じたのは久し振りです。そして、絵画的な音楽でもありました、表現したいものが全て聴こえてきたという意味で。

芙蓉@fuyou_f2014-09-27 00:43:55 白峯感想A雅楽(舞楽)を取り入れていたのは、とてもおもしろかったです。(戦の場面はたぶんそうだと思う)ただ、演奏会形式だからだと思いますが、舞を生かしきれていないのが雅楽好きとしては勿体ないなと思いました。もう少し動きも含めて思いっきり取り入れたら印象が変わったかもしれない

・夢宮(ゆめのみや)@yumeno_522014-09-27 03:35:43 楽劇「白峯」を拝見させて頂く前には初めて熱田神宮へお参りさせて頂いたのですが、なかなかに宵の終わりが迫って参りましたゆゑ紀行文はまた後日にといたします 覚書の連続投下を失礼いたしました 熱田神宮には西行さんが腰かけられたという橋もありましたv

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:13:51 セントラル愛知定期「白峯」:ソリストの服装は記号的で誰が誰か分かるようになっていた。また短冊状のスクリーンに要所要所の台詞や解説が入る。 それでも演奏中、パンフ見なくても分かるように工夫されてましたが、歌詞の言葉が聞き取れず気になってパンフめくる人は多かった。

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:15:30 セントラル愛知定期「白峯」:あとからジワジワと染み込むタイプの音楽だったと思うのでそこで無理して理解する必要はないし、最低限の配慮はされていたと思う。このあたりのギャップ、観客側の問題だとは思います。

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:26:03 セントラル愛知定期「白峯」:ただ復習するには音源欲しいです! (丹波明さんの作品では終演後販売されていたCD「音の干渉」(90年)は邦楽器と声楽による楽曲録音ですが「白峯」の音楽の萌芽が見られてお勧め)

・さすらうわこうど@sasurau_wakoudo2014-09-27 07:30:04 改めまして皆さんお早うございます。 丹波明:楽劇「白峯」の素晴らしい上演。セントラル愛知、会心の一撃! 今日も皆さんが無事に、心穏やかに、素敵な音楽とペーソスに囲まれて過ごせますように。 どなた様もお健やかでギンギラギンのギンな土曜日を! (」・▽・)」<toi toi toi!

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:39:22 セントラル愛知定期「白峯」:開演前の舞台。ソリストの椅子は演奏中、場の変わり目に黒子さんが追加していた。 pic.twitter.com/QJXfWuqww0

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:42:12 セントラル愛知定期「白峯」:この写真だとわかりにくいですが2階観客席、舞台よりの両袖は左側が女声、右側が男声の合唱団席になっていた。あまり聞いたことのない声の高低が変わるうなるような合唱は本作の特徴の一つ。禍々しい怨念表現に寄与していた。

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 07:46:00 セントラル愛知定期「白峯」:日曜日のすみだトリフォニーホール公演でこの合唱隊、どこにレイアウトされるのかは気になるところ。新日本フィルのBriten:War Requiemでは少年合唱隊は2階?観客席奥の階段から天上からの声の演出ちなっていたのを思い出す。

・浮舟@miho_ukihune2014-09-27 07:49:35 セントラル愛知 定期@しらかわホール 楽劇「白峯」 思い返せば、すんなり受け入れていたけれど、この構成はお能の構成。前シテの樵が後シテの崇徳院になり物語する。ワキが西行法師で崇徳院の成仏を念じ読経する。合唱は謡で、舞楽だけど舞もあって。間狂言がなかったような…

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 08:12:30 セントラル愛知定期「白峯」:追記。白い長方形はスクリーン。短冊状にするというのは発明ものですね。

・M.Shostakov@mdsch232014-09-27 10:16:16 セントラル愛知定期:「白峯」:プロジェクターやソリストの記号的な衣装、歌詞の擬似古語化で分かりやすくなっていた。難しさがあるとしたら登場人物たちの人間関係か。ただそのような事があったらから崇徳上皇は歴史を変え、死してなお怨念を残して子孫にも怖れられたとも言えますね。

・セントラル愛知交響楽団@CentralSUSUMU2014-09-28 06:35:56 【本日のオーケストラ】第4回東京公演・楽劇≪白峯≫|9/2814時開演@すみだトリフォニーホール|昨日の舞台の仕込み中の1枚。名古屋とは若干配置が異なり、狂言が加わります。当日券は全種。S6500〜B4500、13時発売開始。 twitpic.com/ec5lsj

・セントラル愛知交響楽団@CentralSUSUMU2014-09-28 06:41:52 先日9/26の当団136回定期〜魂〜には遠方からのお運び、また当日券が出るか出ないかやきもきする中でお待ち下さったお客様、アンケートを通じて、またツィッター上などでも感想のつぶやき、本当にありがとうございます。≪続く≫

・セントラル愛知交響楽団@CentralSUSUMU2014-09-28 06:48:30 約2年前から始まった企画ですが、無事本日終えられるように、出演者・スタッフ一同、最後まで全力で取り組みます。当日券は13時より全種販売です!どうぞ名古屋に来聴された方も、そうでない方も、どうぞ東京・すみだトリフォニーホールにお運びくださいませ!

・Sumida Triphony Hall@TriphonyHall2014-09-28 08:30:10 【9/28今日のトリフォニー】おはようございます!大ホールは14時《セントラル愛知交響楽団第4回東京公演楽劇「白峯」》当日券あり13時〜、小ホールは14時《野口絢子ピアノリサイタル》当日券あり13時半〜。すっかり秋!シューベルト晩年の歌曲にも『秋』D945があります。#STriH

・現代音楽のデータを紡ぐ@CCMJ20002014-09-28 09:51:04 2014.9.28 (日) 14:00-、楽劇《白峯》、すみだトリフォニーホール 、 出演: 指揮 井ア正浩 / 演奏 セントラル愛知交響楽団 他 作品: 丹波 明/楽劇《白峯》 shiramine.net

・小川ひろみ(国立市議・生活者ネット)@0gawa11832014-09-28 17:13:53 【丹波明氏のオペラ「白峯」@すみだトリフォニーホール】 12世紀初頭の乱で敗れた崇徳上皇の、流罪の地での孤独・望郷・絶望・怨念。夢幻能とオーケストレーションが、語りを盛り上げる。時の思想家、西行の極楽浄土を渾身の力で拒否。850年経っても癒えることのない無念の主人公が今日甦った!

・藤誠@日曜日はすみだトリフォニー@tohsei_taiga2014-09-28 17:15:08 白峯終わった。面白かった! 最後に、客席にいらした丹波さんがステージに上がられました。大成功でおじーちゃん嬉しそうだった。

・藤誠@日曜日はすみだトリフォニー@tohsei_taiga2014-09-28 17:18:49 西行の人めっちゃいい声で読経が音楽と相まって素敵な響きで。しかし西行よ、目の前におわすのが上皇さまだと分かったところで上皇さまがいちばん大変だったときにお側に居なかった件を詫びろ!

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 17:22:35 あとトヴァインとたまこさまの婚礼の席に頼長殿がいたんですけど、どゆこと?「私はまだ若輩にてー」 っていやいやいや…あれ左府さまだよね?あれ?

・小川ひろみ(国立市議・生活者ネット)@0gawa11832014-09-28 17:26:43 【オペラ「白峯」を聴いて】 一幕と三幕は、夢幻能だった。崇徳上皇の怨念は、850年の今に出現した。 お能は、女性が主人公となる稀有な芸術でもある。民衆の無念や怨念を、舞と唄いで効果的に伝える芸術でもある。日本人は忘れ易いといわれるが、そんなことばかりじゃないこともある。

・藤誠@日曜日はすみだトリフォニー@tohsei_taiga2014-09-28 17:28:58 上皇さまの亡霊が西行にご自身の暗黒の歴史を語る感じで、保元の乱のシーンでは能の装束のかたが手に薙刀、弓矢を持たれて舞を舞われました。上皇さま、大魔縁のお衣裳でバックに焔が映し出されて演出かっこよかった。

・藤誠@日曜日はすみだトリフォニー@tohsei_taiga2014-09-28 17:30:56 あと、上皇さま役の方が「あさまし」のところを「おそろし」と吟われたりして、絶妙な雰囲気を醸し出されたり。

・まつい(H_MATSUI)@Liddell_01242014-09-28 17:34:04 楽劇「白峯」まだちょっと消化出来ておりません…。RTのように長方形のスクリーンがあって字幕かと思いきや他に対立図だったり浮世絵だったりします。 しかし一番印象的だったのは言葉のない保元の乱の、大音量のオケと刀と弓矢の舞。 #平清盛

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 17:34:51 あと、忠通殿が眼鏡っこでちょっと可愛かったり ←

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 17:39:12 トヴァインがたまこさまによそよそしくてツンな感じだったのは、上皇さまが西行に語ってるせいですかね? 上皇さま役の方が割と体格のいいおじ様だったのでトヴァインの方が甥っ子に見えちゃった。

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 17:40:58 しかしこの難しい楽曲を分かりやすく指揮してるなーって感心しちゃいました。

・まつい(H_MATSUI)@Liddell_01242014-09-28 17:43:08 【白峯】1・3幕の枠組が雨月物語で、2幕で保元の乱までの愛憎が語られます。ああいうドロドロは確かにオペラぽい。shiramine.net #平清盛

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 17:45:11 個人的にはトヴァインとたまこさまの婚礼のシーンで吟われた越天楽の雅楽と合唱が素敵でした。

・Airi@aidolceamor2014-09-28 18:14:08 楽劇「白峯」観劇しました。とても期待以上でした。特有の音楽に魅せられました。歌の方もいい声でした。日本伝統音楽・芸能的なもので、美しさを感じました。素晴らしかったです。 pic.twitter.com/qtyr0xy2ut

・KIMURA Satoko@kimsato272014-09-28 18:20:43 「白峯」は崇徳さんのお話。席が遠うて演者の顔が見えんのをええことに、脳内で「平清盛」キャストに変換しながら観たw 二台のオンドマルトノはおどろおどろしい効果音とか虫の声とか、わりと典型的な使われ方で出番は多い pic.twitter.com/lyO4dSY9cn

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 18:55:01 舞台の右上のスクリーンに解説文や相関図が示されて、矢印で『ここ対立』とか『叔父子(不義の子)』とか丁寧に書かれていて若干興醒めでしたが分かりやすかった。

・荒木成光@MIDORI19362014-09-28 20:00:30 すみだトリフォニーホールで丹波明の音楽・台本による楽劇「白峯」の世界初演(演奏会形式)を聴いた。近代西洋音楽と雅楽、能楽、講談などが渾然一体となって雨月物語の幽玄な世界が音楽で巧みに表現された。オンド・マルトノを加えたセントラル愛知交響楽団も力演!

・藤原俊成?生誕900年@toshinari_bot2014-09-28 20:44:04 楽劇「白峯」は主人公の崇徳院役より西行役の方が「おいしい」ような気がしたのう

・美保@miho196410202014-09-28 21:03:35 すみだトリフォニーホールにて「楽劇 白峯」を観てまいりました! ホントは、読売ホールにJOJさん〈ジョン・オーウェン=ジョーンズ〉のコンサートに行きたかったんだけど…大叔母のご希望とあれば仕方あ… simplog.jp/pub/tw/1696702…

・笹崎譲@udupho2014-09-28 21:09:54 今日は、丹波明「白峯」(演奏会形式)を聴きに。丹波さんは器楽作品よりもオペラや舞台などの作品の方が向いているのではないかと思ってきたが、間違いなく集大成的作品だったように思う。力作。2台のオンド・マルトゥノ、打楽器をうまく活かしたオーケストレーション。歌、合唱、オケ、ともに好演。

・笹崎譲@udupho2014-09-28 21:19:46 丹波明「白峯」、字幕は全部出してほしかった。オペラで使われる日本語は、聞き取れたとしてもどんな漢字をあてるどんな意味の言葉かわかりにくいことが多い。今回は字幕のほかに解説等も投影されたけれど、紛らわしい。フォントだけでなく、投影位置、色、背景の検討など、もっと工夫が必要では。

・笹崎譲@udupho2014-09-28 21:24:28 丹波明「白峯」、人物相関図の投影は工夫ポイント。だが僕は、今舞台に出ている人が誰だかわからないのに、舞台に出ている人以外の人物名も投影されるので、「あんた誰?」状態。場の冒頭説明と一緒に、誰が登場しているのか投影してほしかった。服装でわかるのかもしれないが、3階後方は遠くてだな。

・笹崎譲@udupho2014-09-28 21:28:20 丹波明「白峯」、庭の虫の音の場面(もっとも静かで耳を澄ませたい場面だ)で遅刻客を誘導したのは、最悪のタイミングだった。ほかにいくらでもタイミングはあっただろうに。猛省を促したい。

・藤誠@仁和寺行きたい(うち浄土宗だけど)@tohsei_taiga2014-09-28 22:43:44 でも白峯、「プァッ むっちゃ悪い夢見たわ!」みたいな話じゃなかったです? (台無し)

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            松山にうちよせる波に流されてきた船が、都へも帰れずにやがてむなしく朽ち果ててしまった ―船とは崇徳院のことか
            松山の海に寄せる波の景色は昔も今も変わらないであろうに、この景色を眺めて暮された崇徳院はすでにお亡くなり
            になってしまった
            たとえ君には昔は金殿玉楼にお住まいになっていたとしても、こうしてお亡くなりになって現世を離れている今では、そんな
            現世の身分や優越感何もなりません。ご往生ください   (解釈は『雨月物語』鵜月洋 角川ソフィア文庫による)
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